どうしてこんな店が世の中にはないのだろう。
食べながら、飲みながらつくづく思った。
まず、燗酒がいい。
渉くんのつける燗酒は、同じ酒であっても一味一香違う。
たとえていえば、おなじみの菊正の樽酒である。
東京の老舗蕎麦屋定番の酒であるが、彼がつけると、キリッとして樽香ではなくかすかにターメリックのような香りが立ってくるのである。
しかしぬるくなってくると、いつも菊正燗酒になるという不思議がる。
若干25歳と若輩ながら、それぞれの酒の性格を的確に読み解き、燗をつける。
ある酒はそのまま温度を上げていき、ある酒は継ぎ足しながら、途中何度も匂いを嗅ぎながら、燗を完成する。
そしてそれぞれの肴に合わせた燗酒は、酒飲みにとってこのうえなき至福をもたらすのである。
次に魚である。
魚河岸の小川さんの目利きによって選ばれし魚は、口の中で生き生きと爆ぜる。
昨夜のお造りは、インドマグロにクロムツとサクラマス。
それぞれに脂がしっとりと乗っているがいやらしくない。
口の中からさらりと消えて、また食べたくなる。
またそれぞれの脂の質の違いが楽しく、これまた酒が恋しくなるのである。
ニタリクジラの刺身もまた、品ある中にコーフンががあって、たまらなかった。
最後に料理である。
うすいはなこさんが作る料理である。
一番やられたのは、切干大根と凍み大根であった。
それぞれに甘が入っているが、塩梅が以上でも以下でもないギリギリで決められている。
地味な料理であるが、しみじみと美味しく、噛み締めていくうちに涙が滲んでくる美しがある。
二日間したした青菜のおひたし。脂が乗っているのでパン粉を細かくしたというアジフライ。
なぜこんにゃくがこんなに美味しいのかと頭が混乱する、蒟蒻の阿蘭陀煮。春の切なさが舌に広がるたけのこの穂先揚げ。
鬼おろし大根としらすがみせるしぶとさに微笑む、しらすおろし。柑橘酢が隠し味で効いて凛々しい能登もずくをつるりと食べさせる皿。
出汁巻なんてしゃらくせえ、私大好き江戸風玉子焼き。春の香りを撒き散らす白魚とふきのとうのかき揚げ。
なぜ酒が進むのやめてくださいといいたくなる、のびるの塩漬け。一匹で一合飲めちゃうではないですか、背黒イワシと豆アジの干物。ホロリとくずれて、うま味をゆっくり広げていく鰊の煮物。
酢の塩梅が心憎く、微かな苦味と混ざり合う様に心とらわれる、ワラビ酢。その茎は硬いからと細かく刻んで味噌と合わせ、酒飲み号泣の肴としたワラビ味噌。
最後に出し割り燗にしたら、誰しもがむせび泣く、ねぎま汁。そして最後は、和辛子がキリリと効いたいなり寿司で締めるのである。
割烹のように、洗練の味で攻めてくるのでもない。
おふくろの味としての、野暮があるわけでもない。
そこにあるのは、彼女が歩んできた道が生んだ料理である。
どうです。
なんでこの世の中にこんな酒亭がないのかと思うでしょう。
虎ノ門横丁ポップアップ「小川はな食堂」は、20日まで。
もうすでにどこもほぼ満席なれど、食いしん坊なら飲兵衛なら一度は体験してほしいと、心から願うのです。
興味のある方!
日本酒ラインナップ
菊正宗生酛純米樽酒、田村生酛純米(福島)、まんさくの花 真人 生酛純米(秋田) 冨玲 生酛純米 にごり酒(鳥取) 雁木 ノ壱純米無濾過生原酒(山口) 竹の園 ナチュラリイ無濾過生原酒(佐賀) 吉田蔵 石川門生酒(石川) 羽根屋 純米吟醸生原酒かすみ蔵(富山) 稲里 日本晴純米(茨城) 七本槍 木ノ環 木桶仕込 火入れ(滋賀)
このラインナップ見て萌える人は大好きです。