よく中国料理の歴史は三千年という表現が使われるが、書を読む限り、現代のような体系が出来たのは、千年あまりと考えられる。それにしても歴史がある。
先日、その奥深さに触れた。
銀座「趙楊」。
事前に五つのお願いをした。
1高級乾貨を多用しない。
2季節の野菜を多用する。
3名物の麻婆豆腐は入れない。
4四川ダックを組み込む。
5旬の食材を、趙さんの技を駆使して、見たことも無い料理にして欲しい。
「ああ大丈夫。任してよ」。わがままな注文に、趙さん一つ返事で快諾。
そして当日。
野菜による九つの前菜が並んだ。
息を呑む。美しい。が、何であるかさっぱりわからぬものあり。
1、花の蕾と思いきやマコモダケ。いかにして細工したのか見当つかぬ。
2、山椒が香るそら豆。聞けば、山椒入りの湯で茹でて、木の芽まぶし、木の芽を取り除いたという。ああ気の遠くなる。
3,甘酒と桂花陳酒で茹でた筍、なんとも妖艶。
4,干しエビのスープで煮込んだ冬瓜、
5、茹でピーナッツと八角風味の豚肉でんぶ(豚肉と八角茹たのち、三時間蒸してほぐした)
6,甘く辛いソースで和えた菜の花。
7、柳の木のように飾り切りした、甘酸っぱい白菜の芯のみずみずしい甘さよ。
8、菱形に整えられて重ねられた、辛味油をかけたキャベツとほうれん草。
9,美しい飾り包丁を入れた胡瓜、人参、山芋。
恐ろしく手間がかかっている。しかしもとの野菜の香りが生き生きと香る。恐るべし中国料理
「スッポンのエンガワと浮き袋の煮込み、朝鮮人参風味」に歓声が上がった。
付け合せは、枇杷と空心菜。
穏やかな穏やかな滋味が浮き袋やエンガワに染み入っていて、なんともうまい。心が安らかになる。
「味のあるものは味をどう引き出すか、味の無いものはどう味を染み込ませるか」という中国料理理念の基本がある。
そこへ朝鮮人参が白胡椒のような華やかな香りを漂わせる。
三の皿は、筍。
先端の柔らかき部分は、揚げて、辛味と山椒の香りをつけて冬菜と炒められ、太い部分は雲丹を挟んで蒸されている。
互いの食感が生き香りが胸に迫る。豊かだ。
付け合せは、麦穂に編まれたにんにくの茎。
ただの飾りではない。編むことによってシャッキリとした歯ごたえを活かし、甘みを強く感じさせるのだ。
そして待望四川ダック。
噛めばふんわりと仕上がった皮が歯を包みこむ。
花巻に挟み、皮下脂肪と肉を噛みこめば、甘みがじんわりと滲み出て、一同破顔一笑。
味わいがなんとも上品で、そこへ刺激的なスパイス香が漂い食欲を煽る。幾重にも仕掛けられた、味や香りのグラデーションに心にくい。
五の皿は、四川料理特有「宮保蝦仁、蝦の辛味炒め」。
華やかな香りを放つ四川唐辛子の辛味は、エビの甘みを引き立て、甘酸っぱいソースと重層的味わいを生む。
付け合せは肉詰めの苦瓜。この皿だけで甘、酸、苦、旨、塩の五味があり。
六の皿は東坡肉。
口に含むと甘い豚肉の香りが溶け、そこへ八角やシナモンが甘く調和して、陶然となる。
煮て揚げてから豚と蒸したという高菜、干貝柱のスープで五時間蒸したというにんにくも驚愕的。
七の皿は麺。強い甘みと辛味が絶妙に
調和した冷たい和え麺。
八の皿は揚げ長芋の甘酒とみかんのソース。
みかんの爽やかな香りのなか求肥のような食感のもちっとしたの長芋が面白い。
九の皿はなんとふかひれを使ったデザート。
ほのかに甘みのある味わいのスープに、フカヒレと海苔のような香りを放つ緑木耳が入れられている。
スープも香りも澄み渡り、体が浄化されていく。一同一口すったまま、なにも言葉が出ない。
最後は、食感、甘み、香り共に生の果物をそのままを凝縮したマンゴープリン。作る際に種を煮込んで作るのがコツなのだそうだ。
気の遠くなる手間と高度な技術、淡く上質なな滋味に、底知れぬ正宗中国料理の深さ、頂の高さを痛感した。
最後に趙さんの言葉で閉めたい。
「豚肉料理に八角使ったけど、一番気をつけなきゃいけないことは、豚肉の香りを越えてはいけないこと」。