鮎、とうもろこし、鱧、茄子、アワビ、じゅんさい。
夏に割烹に出かけると、季節を感じさせる料理と出会う。
しかしこの夏、最も夏が体に染み込んで行ったのは、7月初旬に訪れた「辻留」だった。
お軸は、江戸時代末から明治初期の京都の日本画家、幸野楳嶺が描いた、長刀鉾の先の方の一部で、唯一生稚児を乗せ巡行の先頭に立つ、祇園さんのご神紋である。
鉾先だけの絵からは、祇園祭の荘厳が伝わってくる。
そして書は、現在の裏千家お家元が、若宗匠時代に記した色紙で「無事是貴人
」。
何事にもとらわれず、心が平静な状態であることこそが、貴い(尊い)という意味である。
厳しい夏を迎えるにあたり、無病息災のお祭りである祇園祭と、様々な事に無事を祈って、という意味愛を込めて取り合わせた、辻留主人の想いが伝わる。
「向付」は、「こち湯引」。
ゆがいて氷水に落としたコチがひんやりと舌に当たり、外の猛暑を逃す。
梅肉醤油につけたコチを噛んでいくと、口の温度で、コチの爽やかな旨味が広がっていく。
あしらいは、胡瓜のケンと花穂に莫大。
あしらいにも季節があるということを教えられる。
器は、魯山人の備前焼葉皿。
「椀盛」は、鱧にツルナ 長ひじき 柚子。
深々としたつゆの滋味が、体に精気を吹き込む。
その中ではもの淡い旨味が美しい。
そしてお椀は、薄引椀だった。
熟練の職人が薄く挽き上げた漆器椀で、華奢な手感触、つゆとお椀が一体化していくような美しい口当たりもまた、夏をひととき忘れ冴える雅がある。
切子に入れられた「冷物」は、 京都では夏の風物詩樋sてよく食べられる「魚素麺」。
その流れは、一瞬七夕、天の川をも思わせる。
薄焼卵、車海老、焼き椎茸 三葉と共に。
「焚合」は、小芋、蛸、南京である。
夏野菜と夏が旬のタコの盛り合わせで、まさに「芋タコ南京」。
これは。井原西鶴が江戸時代の女性が好むものとして「芝居、こんにゃく、芋、蛸、南瓜」を並べた言葉から来ているという。
ます。そこから「芝居」と「こんにゃく」が省略され、芋、蛸、南瓜(かぼちゃ)が女性の好物として定着したらしい。
器は染付葉皿。
魯山人の秋草皿に盛られた「鮎の塩焼き」。
蓼酢の辛味と酸味、塩の塩気、わたの苦味、身の甘みが織りなす味、それは、割烹が目指す「辛酸鹹苦甘」が、一つの皿に共存共鳴した料理である。
「酢物」は、雷干 鮑 寿海苔、紅たでを、生姜酢でいただく。
体の中を涼が吹き抜ける。
取り合わせの妙があり、かつ、今までの流れを切り、ご飯へと気持ちを切り替えさせる、絶妙な控えたうまみが素晴らしい。
そしてご飯は、魯山人風車海老茶漬け。
さらさらとご飯を掻き込めば、再び精気が宿って、体に活力が湧いてくる。
お菓子はさらりとした甘みが優しい「塩野」の水羊羹。
おうすのお茶碗は、三代目の辻義一さんが作られたものである。
厳しい夏を迎えられるよう、整った。