美人女将が一人立っていた。

食べ歩き ,

その居酒屋は、店など一軒もない住宅街の中で、ひっそりと明かりを灯していた。
近くに駅もない。バス停もない、閑静な住宅街である。
おそらく30代後半だろうか。カウンターの中には、知的な品を漂わす、美人女将が一人立っていた。
カウンターに立てかけられた品書きには、「本日の献立 2019/10/29」と記されている。
函館活〆ほうぼう、苫小牧肉厚北寄、青森天然マグロとお造りの下には、<季節の素材>が、続く。
料理名を眺めて、想像する。
もうたまらなくなって、頼む。
「お造りは、三種盛り合わせで、季節の素材の料理は、5種類全部ください。量はお任せします。それとポテトサラダもください」。
秋刀魚の水煮、助タラと梅干しの春巻き、揚げ銀杏、網焼き新レンコン、牡蠣とカリフラワーの白いシチュー。
この品書きを見て、頼まないものなどあるだろうか。
突き出しがサバの味噌煮である。
早くも、酒飲みおじさんは討死である。
秋刀魚の水煮は味の抑制が効いていて、春巻きは、真鱈とは違う少し弱い白子が梅干しの酸味によって活きている。
そしてポテトサラダである。
運ばれて目を丸くした。
湯気が上がっているのである。
つまり注文してから芋を茹で、マヨネーズとブロッコリーで和えてある。
芋の甘みに満ちて、顔が緩む。
そしてレンコンは、運ばれた瞬間に歓声が上がった。
どこの店で、レンコンが運ばれて歓声が上がるだろうか。
詳細は、写真を見て欲しい。
噛めば甘く、焼きトウモロコシのような香りで満たされる。
牡蠣とカリフラワーの白いシチュー、予想外の蟹せんべい。
嬉しくなって追加した、蒸しキャベツも鳥の親子鍋も、平目の三升漬けも、ピタリと味が決まっていながら無理がない。
ああ、しぼり豆腐の素揚げも、よだれラムも、魚介とミョウガのぬたも牛すじ煮込みもうまいんだろうなあ。
「なぜこの場所で始められたのですか?」
「祖母が住んでいた家なんです」。
商売するには、圧倒的に不利な場所である。
だが、かけがえのない場所で無理なく店を開きたい。
人を雇う余裕はないが、料理には自信があるので、きっとなんとかなるだろう。
そう考えられたのではないだろうか。
結果店は、現在の情報網外にあって、多くの人には知られていないが、数少ないが常連たちに愛され続ける店となった。
そのことが、どれほどこの店を支えているのだろう。
その証左に、来年十年目を迎えようとしている。