2005年にいただいた料理のベスト10を振り返った。料理人の英知と技と熱情に毎年ながら感動する。音楽も料理も創造の源には、優れたアーティストがいる。ただおいしいとかおいしくないというのではなく、料理人の技と発想に脱帽した十皿です。
10.新橋「つる寿」の子持ちわかさぎの焼き物
惜しくも閉店してしまった割烹。さりげなさの中に攻めがあった凄みはもう味わえぬ。古きよき仕事を貫いた柿沢翁に感謝の意をこめて。
9.浜松町「宮葉」のまぐろの稚魚の握り
幼き旨味を粋に仕立てた、禁断の味。
8.代々木上原「瓢香」の鳥の米粉蒸し
四川料理の特徴は辛さではなく、香りの複雑さにあるということを知らしめる逸品。
7.銀座「赤坂離宮」の蛇のスープ
これも禁断ですな。人間が感じる美味は、舌だけでなく、想念がさらに美味を盛り上げるのです。
6.京都「千ひろ」の鱧と松茸のおわんと湯葉汁
この店のお椀はまことに清い。飲み進むうちに滋味が満ち潮のように押し寄せて、飲み終わる段に頂点に達する。松茸もこれ見よがしでなく、鱧と松茸、吸い地の三者がまあるくまとまっている。緻密に計算された引きの美学。
湯葉汁もなんとも穏やかでふくよかな甘みなのだろう。
5.恵比寿「レスプリミタニ」の豚の内臓スープ
なぜ内蔵は、口に入れたとたんに溶けるように消えていくのか。こんなに甘美な内臓料理を、ほかに僕は知らない。
4.岐阜「あかね家」野鳥のすき身 写真右
野鳥の肝と筋肉と骨をすりつぶして熟成。長年の知恵と勘の醸成による野鳥の塩辛、野鳥のうるか? こいつも禁断系であります。
ベスト3は各店二品ずつです。絞りきれません。いずれもここに行かなきゃ食べられない。シェフが作り出した唯一無二の味です。
3.虎ノ門「シェ・ウラノ」のとうもろこしのババロアとトマトのスープ
浦野氏は野菜を見事に昇華させる。ハバロアをひとすくいとって口に入れると淡雪のように消えて、とうもろこしの甘みと香りが弾ける。いま俺はもぎりたてのとうもろこしを齧ったのか? と自問したくなるほどの香りと甘み。トマトも甘みと酸味、香り、そしてみずみずしさが凝縮された 、トマトの偉大さに頭をたれるスープ。
2.岡山「紺屋荘」のさわらのこぶ締めとしゃぶしゃぶ
たった一枚の鰆の切り身が二位である。ギリギリの時を図ってこぶ締めにされた鰆。この魚の品と色っぽさをたたえて、しなやかに崩れる。甘い、上品に甘い。なにかいけないものをいただいたような雅さがある。かたやしゃぶしゃぶは、鰆の力強さを出して迫ってくる。
出汁に旨味がにじみ出て、最後に飲むスープが圧巻。
閉店
1.函館「バスク」のにんにくスープと季節の野菜煮
ソパ・デ・アホ。スペイン料理店なら必ずあるスープである。いままで何度も飲んできた、特に珍しくもないスープだ。 しかし、死ぬ前に何を食べるか? と聞かれたらこのバスクのスープを選ぶ。一口飲んで決心した。
体の細胞に分け入るような 慈愛に満ちた滋味。どうしてこんなに、食べ手をいたわる様に暖かいのか、にんにくの香りが甘く感じるのか。おそらく、長年作り続けてきた自家製生ハムの骨のダシが、揺さぶるのか。
同じくシンプルな春野菜を煮込んだだけの皿。土の、地球の力がふつふつと訴えかける。
いずれの皿も、生きる喜びと生かされている喜びを自覚し、感謝する料理である。