静と動。 パッションとエレガンス。

食べ歩き ,

静と動。

パッションとエレガンス。

相対しながら、深い部分で共鳴し合う二人のシェフが生み出す料理が、絡み合い、響きあう。

数々のコラボレーションに出たが、これほど二人の思想が明確に伝わり、心打たれる会はなかったと思う。

それは単なる才能の出し合いではなく、人間能力が持つ可能性の無限に、喜びを感じる時間であった。

7月28日、「ESqUISSE」のリオネル・ベカ氏と、台湾「RAW」のアンドレ・チャン氏によるコラボレーションが行われた。

二人は修行時代の17年前に、名店「トロワグロ」で、2年間共に働いた仲であるという。実は1月に台湾の「RAW」でコラボをし、今回は二回目である。

「1月に台湾の「law」で最初のコラボをしました。非常に有意義な時間を過ごし、料理を作ることができました。それがチャプター1です。私たち二人は、いろいろな人生や時間を分かち合ってきました。1回目のコラボが終わってから二人は、散歩するようにしていろんな言葉を投げ合いながら会話し、テーマが出来、テーマに沿って今回料理を作りました」。そうリオネルは語る。一方アンドレは、

「クリエーションというよりディスカッションかな。17年前にフランスで出会った後、それぞれ違う旅路に出た二人が、再び出会う喜びを表したかった。そして台湾のテロワールが持つ力を、東京で紹介できる機会を得ました」という。

テーブルには本日のテーマが書かれた紙が置かれている。

「PERCEPTIONS」。直訳すれば認識だろうか。続いて説明がなされていた。

“クリエーターズ”とは、独自の感覚で地球の声に耳を傾けることができる人たち。自らの感性と信念によって、進むべき道を示すことができる人たち。そして、他にはない独創的な言葉で、新たな物語を周りに語ることのできる人たち。

おそらく二人が共通認識として指針にしてきたものなのだろう。それこそが、彼らの現在の評価と成功を押し上げたのである。

それでは料理を紹介しよう。テーマは6種類に別れており、それぞれのテーマについて二人が一皿ずつ提供する。

一つ目は「芸術、色彩、形状」、卵黄、牛、キャビア (アンドレ)、マッシュルーム、酒粕、フォアグラ (リオネル)である。

アンドレの皿は、牛肉がドーム状に盛られ中に卵黄、上にキャビアが乗せられている。

組み合わせは、すき焼き風であるが、バジリコソースと四川山椒が味を引き締める。

一方リオネルの皿は、日本で折り紙の鶴を見て、そこに芸術性の感銘を受けて作ったという皿であった。

酒粕でマリネされたフォアグラの上に、薄く切られたマッシュルームが、アート的に乗せられている。

生のマッシュルームのピュアなエキスと濃密なフォアグラを合わせ、土の精を感じさせる純粋とフォアグラの妖艶が抱き合うエレガントな一皿である。

二皿目にいく前に、アンドレから「サーモンのタルト、オゼイユ風味」が出された。

そう、「トロワグロ」のスペシャリテ、「サーモンの蒸し焼き、オゼイユソース」へのオマージュである。

「最初にお出ししたかったのは、トロワグロのおかげで私たちは出会ったという感謝を伝えたかったのです」。そうアンドレは、優しい目で語った。

続いては、「遺産、工芸、伝統」。ニガウリとシリアル(アンドレ)、貝類とハーブ(リオネル)であった。

美しく飾り切りされたゴーヤの上には、ポロネギと玉ねぎで作ったオイルのドレスがかけられ、ゴーヤの中には、白と緑の様々なポリッジが入れられて、多彩な食感を感じさせる。

最初はゴーヤの苦味を感じるが、それがオイルと、ポリッジのほのかな甘みとまじりあうと穏やかな表情に変容する。

こんなエレガントなゴーヤ料理は、初めて食べた。

アンドレによると、苦味が体の熱を取り去るゴーヤは、台湾の真夏に欠かせない野菜であり、鹹蛋(アヒルの塩卵)を入れた冷たいおかゆとゴーヤを食べるというのは、伝統的台湾家庭料理だという。

その遺産、伝統と、工芸的要素を加えた皿なのである。

一方、アンドレの料理はサザエの殻の中に盛られて登場した。

殻の中には、貝類のほか、様々なハーブの香りが閉じ込められている。

口の中に入れると爽やかな香りが立ち、噛めば磯香が流れ始める。

森の中にいるサザエという感があって、これにはボーペサージュのワインがマリアージュされた。

リオネルによると、この料理は、アンドレの料理を提案いただいてから考えたという。

アンドレの料理に母性を見出し、自分を思い返すと、それは地中海の磯の匂いだった。地中海で生まれ育った彼は、今でも磯の匂いを嗅ぐと、ふるさとを母を思い出して涙が出るという。その磯の香りを、サザエに詰めたのである。森の香りを漂わせることによって、より磯の香りの純度を高めようとしたのだろう。

だが工芸の要素はどこにあるのか。

それはサザエに答えがあった。さらにはサザエしか置かないので、殻を岩に見立てたいと、二週間かけて削り込み形を整えたのだという。執念である。

さあ、三皿目と行こう。

「人類、出会いと繋がり」“アンドレの悪夢“茄子、ブリ、炭オイル(アンドレ)

“もっと薄く出来ないの?”豆乳、ベーコン。かぼちゃ(リオネル)である。

これには二人の修行時代の苦い思い出が詰められている。

「トロワグロ」でリオネルが、前菜のシェフだった時代に、「オーベルジーヌジュレドカナール・ナスの鴨出汁ジュレがけ」という前菜があった。

それを毎日200人分作るには、200個のナスを焼いて、皮をむき薄く切る必要があり、さらにミッシェル・トロワグロからは、「もっと薄く切れないのか」と、丁寧な仕事を要求されたという。

また困ったことに、ミッシェルはこの料理をえらく気に入って、いろんな料理に添えたがる。一週間に一度主菜は変わるので、来週はありませんようにありませんようにと願うのだが、また来る。と地獄のような日々だったという。

アンドレはその題材のナスを使った一皿。

ぶりがナスを覆い、焼きなすのソースと、飛び魚やシイタケなどから作ったふりかけがかけられ、横にはナスの色素で作ったちゅいるが添えられる。

ナスはそのままでは素っ気ない。だがブリと一緒に口にすると、動物のように艶かしく肉感的な魔力が生まれる。不思議な皿である。

一方リオネルは、薄く切れと言われた悪夢を題材にした一皿。

豆乳を固めて、薄くし、一枚ずつ蒸して、炒めたジロールとヘーゼルナッツに被せた料理である。

豆乳の皮はふんわりとデリケートな舌触りながら、破れず、ジロールを包み込んでいる。

穏やかな豆乳の甘みとジロールのたくましさが出会った、儚い優美を感じた料理だった。

四皿目は、魚料理と肉料理である。

「風景、人類、要素」。キンキ、梅、ズッキーニ (リオネル)、軍鶏、黒大根のブリュレ、旨味(アンドレ)

おそらく、今彼らが活躍する日本と台湾のそして故郷のテロワールや文化を表したものだろう。

リオネルの皿には、イワシの脂をかけたキンキのポワレ、ズッキーニの花と梅エキス、すもも、デイルとエスラゴンの香り付をしたキュウリの桂むき、ズッキーニが乗せられている。

日本的なキンキと地中海を思わせるイワシの香り、南仏彩るスッキーにの花と日本的な梅の味、巡り回った彼の人生風景が皿に描かれている。

アンドレは、軍鶏の皮のグリルと胸肉のローストに、トマトの旨味とイカスミソースがかけられた皿であった。

皮の香ばしさとイカスミの旨味の深さが会い、一方胸肉の繊細さをイカスミの強さが引き立てる。肉の部位によってソースの印象が変わる。不思議な料理である。

アジア人であるアンドレに内在する、フランス人的要素を醸した料理なのかもしれない。

「美と儚さ」、ayu、タマリロ、ホエイ(アンドレ)、小豆、カシス、発酵米(リオネル)

「希望と懸念」。クロウメモドキのキャンディ(アンドレ)、アマゾンカカオ アーモンドパンケーキ(リオネル)というふた皿のデゼールをいただいた後、お二人に話を聞いた。

二人の違いについて聞けば、アンドレが明確に答えてくれる。

「2つのレストランは、かなり違うエネルギーだと思うが、リオネルと私には通じ合うことが多い。だが表現の仕方が違う。最初に会った時のリオネルは、フランス人なのにアジア的だなと思った。それに対し自分は、アジア人なんだがフランス的という、妙な入れ替わり現象を感じたんだ。

僕は、一つの素材に向き合った時に、それをすごい力で爆発させようと思う。動な部分を出したい。でもリオネルは、素材と向き合った時に、もっとフィネス、シンプルにピュアな部分を引き出す、静な部分だね。素材を、脱がしていって、脱がすものがない部分ところまで極めるんだ」。

お二人の料理を食べて思う。

アンドレの料理は、凛々しさやパッションの中に秘めた、繊細やエレガントを感じる。

一方リオネルは、繊細さやエレガント中に秘めた、凛々しさやパッションを感じるのである。

おそらく二人は、表現者としてのその対極が、愉快でたまらないのに違いない。

「チャプター1は、我々が辿ってきた旅がテーマで、料理に経度と緯度が示されていた。、我々の過去をテーマにした料理だったのですが、今回は現在をテーマにしました。そしてチャプター3は、未来をテーマにしたい。二人が行ったことのない地で、行いたい。

例えばシベリアとかね」。

そう話す二人の目は子供のように輝き、屈託のない笑顔を作りながら、クリエイターとしての喜びに満ち溢れているようだった。

「芸術、色彩、形状」

卵黄、牛、キャビア (アンドレ)

マッシュルーム、酒粕、フォアグラ (リオネル)

「遺産、工芸、伝統」

ニガウリとシリアル(アンドレ)

貝類とハーブ(リオネル)

「人類、出会いと繋がり」

“アンドレの悪夢“茄子、ブリ、炭オイル(アンドレ)

“もっと薄く出来ないの?”豆乳、ベーコン。かぼちゃ(リオネル)

風景、人類、要素

キンキ、梅、ズッキーニ (リオネル)

軍鶏、黒大根のブリュレ、旨味(アンドレ)

美と儚さ

ayu、タマリロ、ホエイ(アンドレ)

小豆、カシス、発酵米(リオネル)

希望と懸念

クロウメモドキのキャンディ(アンドレ)

アマゾンカカオ アーモンドパンケーキ(リオネル)