「四川の家庭料理が食べたいな」
「はいよ」てなもんで趙楊さん。いつも母親が作ってくれていたという料理を、18皿も作ってくれた。
お椀に入れられた前菜9皿は、どれも塩が優しく、食材の香りがあって、笑顔が生まれる。
薄く薄く切られたゴーヤのほろ苦みとトマトの甘酸っぱさ、玉子の甘み、胡桃の香りが共鳴し合う和えもの。
焦げた青唐辛子の香りと苦みが、濃厚な皮蛋の甘みと見事に合う和えもの、たまりません。
「前菜からご飯に合うね」と言い合っていた一同。しかし、これからの展開をまったく予期できていなかったのでした。
続いてのスープの丸い味。8時間煮込んだというアヒルのスープは、冬虫夏草とドラゴンフルーツの花入り。
肉から染み出たコラーゲンと甘い滋味が、唇に、舌に、上顎に、喉にしなだれて、充足のため息つくしかない。
「豚つくしのお祝い料理」は、豚バラ、肉団子、豚ハツ、舌、ガツの煮込みで、優しい味わいのソースで、仲睦まじく煮こまれている。
ああ肉団子の食感の穏やかなこと。歯に力入れずともふわりと崩れ、肉の香りが口の中に広がっていく。ごはん!我慢。
そして圧巻、「お母さんの作る牛肉の辛い煮込み」。
ビーフシチュー!しかしこのソースは豆板醤と水だけだという。
なんたるうまみ。6時間煮込まれた牛より滲み出た旨味が、自然に凝縮しているのだという。ご飯。我慢。
涼粉(緑豆粉)と豆板醤ソース炒め。緑豆の香りが生きたプルンに鯛の甘み、そして辛味。
「皿によって辛さが違う」と言えば、「四川料理大切なのは辛さじゃない。香りを生かすことね」と、趙楊さん。
でもこれもご飯!我慢。
「骨付き鶏もも肉の唐辛子炒め」は、干したカリフラワーの野生味と苦みが効いている。
さらに。豆板醤、腐乳、酒醸、白酒、トーチー、山椒、生姜、にんにくが入っているという、生モツのもち米蒸しは複雑な香り。
シマチョウの脂の香りが皿からは立つのだが、食べると交差した香りが口の中で様々に屈折していく。ああこれもご飯、我慢。
四川麻婆豆腐の原型「家郷豆腐花」と続き(後報)、お麩を洗って8時間置き、沈殿した粉を集めて蒸して切ったという、不思議な緬の豆板醤胡麻ソース和えで締め。
最後は豆の香りが生きた、緑豆と百合根と梨の汁粉で、体を冷やして大団円。
総調理時間を計算してみた。ざっと39時間。
丸二日近い時間をかけた料理だったのである。
「四川の家庭料理が食べたいな」
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