「おい堀公、近頃俺ら、脚光を浴びてねぇか。重宝がられちまってよぉ、フレンチやイタリアンまで使い出して、えらいっ!」
「しっ。滝野川はん、大声出さんといてください。誰かさんに聞かれたらどないする。もてはやされておだてられブームになった日には、忙しくて目もあてられん。地味に地道、本来の性分が一番や」。
「おっといけねぇ。つい舞い上がって、セレブ気取りになっちまうとこだった」。
「そや。字もごんぼやゴボウって書かれたほうが嬉しいやろ。牛蒡だと、文士のせんせがややこしい顔して食べてるようで、こそばゆくてしかたないわ」。
「そういや、なんで植物なのに牛なんだ」。
「中国語の『牛蒡(niubang)』を、まんま借用したんやと。音も『ギュウホウ』、呉音では『ゴバウ』で、なんでも牛の尾っぽに似ているからという説が有効やわ」。
「名前の由来からして野暮ってえな。するってえと、俺らは中国からか」。
「そう。渡来もんだ。中国東北部からシベリア北欧が原産地で、縄文時代から食べられていたとされておる。『和名抄』によると、岐太岐須キタキスや宇末不不木ウマフフキと呼ばれていたそうな」。
「物知りなンはいいが、しゃべり方に牛蒡が入ってねぇか」。
「すまん。ついな」。
「中国から来たわりには、中国では食べねぇんだろ」。
「ああ、上野毛の『吉華』で、同寸に切った牛肉とごぼう、人参をカラリと炒めた、「牛肉とごぼうのキンピラ」ゆう辛い料理があるそうやが、中国では日本ほどポピュラーじゃないらしいな」。
「やっぱごぼうといえば日本よ。日本の魂よ。原産があちらでも、りっばな日本人ょ」。
「そうやなぁ。ほな、一番日本的な料理て、なんやろ」。
「キンピラ。以上」。
「はよう決めつけたな」。
「第一歯が悪くっちゃ楽しめねぇだろ。キンピラがおいしいなら健康だぁてぇいう歯応え。江戸っ子好みの思い切りの良さ。なんせ坂田金時の息子金平にあやかったていう名だから、歯応えも豪快よ」。
「同感。でも細いのやら太いのがあるな」
「ああ、居酒屋では拍子切りの太いのが嬉しいねえ、噛むとゴリッときてね。渋谷の「花の木」や歌舞伎町の「どらみ屋」なんかは太く、ちょいと野暮天だけど、ごぼう食べたぞっていう噛み応えがある」。
「笹がきの中細もええな。でも極細はさらにええ。乃木坂の「神谷」、今はなき虎ノ門の「つる寿」や赤坂の「中川」なんかは細くてな、同じように細く切られたにんじんと一緒になってシャキシャキって響くんや」。
「ありゃあ、桂剥きして細切りにするんだってね。人間様もご苦労なこったよ、でもありがたいねぇ。ああいうのを「いい仕事してる」と、いうン」。