付き合って30数年になる。
昭和にお母さんが苦労して始めた店を、息子たち二人が手伝った。
「この子たちは喧嘩をしたことないのよ」
それがお母さんの自慢だった。
「いっぱいいただこうかしら」
あの可愛らしい仕草は、今も忘れない。
「ああおいし」と、嬉しそうな顔して微笑む。
「お酒は健康のバロメーターよね。 お酒がおいしい、お酒が飲みたいって思うときは、健康なのよ」と、80数歳のお母さんは言われた。
「お待ち合わせは男性の方? 女性の方?」
「女性です」。
「それじゃあ、 私と話してるとこ見られたら、まずいわねえ」と、にこり。
80過ぎてからは早い時間だけ店にいて、家に帰られたが、まっすぐには帰らずに、必ず一杯ひっかけてから帰られる。
「これが楽しいのよ。知らない人とも仲良しになってね」と、嬉しそうに笑った顔が忘れられない。
お母さんは、85歳で他界された。
青山にして、味よし値段よしという酒亭はここ一軒。
常連には、某ベテラン俳優や、世界的に著名な料理研究家やカメラマンなどがいた。
料理が誠実だから通う。
先日はある取材先に行ったら売り切れで、思わず電話して、久しぶりに出かけた。
冷やしトマト、冷奴、アジの刺身、世界一のポテトサラダ、なまこ酢、玉子焼き、筍の土佐煮といって、塩おにぎりでしめた。
背伸びしない気取りのない味で、少しでも仕事の疲れを癒し、ほんの少しでも心を温めてもらえたら。
そんな想いを込めて、お母さんがつけられた店名「ぼこい(母恋)」は、今でも訪れる客の心を温める。