『あるところ」は、唐津から遠く離れた場所にある。
表札を横目に、砂利と石の小道を上がっていくと、130年の民家を改築した店がある。
白暖簾が風にそよいでいる。
無垢の生地が、ご主人の真っ直ぐな気持を表している。
「いらっしゃいませ」引き戸を開けると、笑顔が素敵な奥様と坊主頭のご主人が、声をかける。
三和土に竃と厨房、客席が作られている。
料理屋というより、田舎の農家に招かれたようなである。
焼きナスのおひたし、トマトの酢の物が身体を清める。
近くの川でご主人が捕獲したという手長エビが、素揚げされた。
甲殻類特有の香りも甘みも、品がいい。
先ほどまで生きていたものだけが持つ、ピュアな味がある。
続いて、ミズイカとウニ、生海苔のお造りである。
ねっとりと歯に甘い水イカは、それだけでおいしいが、生海苔とウニ、ワサビを合わせ、醤油をちょんと垂らして食べると、海に潜る。
お椀は、アスパラのすり流し、揚げ胡麻豆腐。アスパラと胡麻の滋養が、舌の上で、じっとりと抱き合う時間がたまらない。
お椀をいただいていると、ご主人が羽釜を竃にかけ、青竹筒で火を起こし始めた。
ああ、あれが我々のご飯だよ。
白甘鯛と見間違うような、上品な身質に脂をたっぷり蓄えた、アマダイのウロコ焼き。
香り弾ける問えもろこしのかき揚げ、しみじみとうまい、太刀魚の梅煮。
そしてご飯が湯気を立てて現れた。
自家製の奈良漬けと佃煮、イシガニの味噌汁である。
白きご飯の香りに目を細め、イシガニの旨みを抱き込んだ味噌汁に唸り、甘辛くにられてもなお、香りを放つフキをおかわりする。
デザートは、裏山から取ってきたビワで作った、ビワ仁豆腐とコンポート、そして竹箸も自分で作ったという、葛きりである。
店名の「あるところ」の意味は聞かなかったけど、料理をいただき、お客さんがあまり来なくとも笑顔絶やさぬお二人を見るうちに、わかってきた。
それは、「あるところに○○がありました」ということではない。
笑い、自然、自由、調和。
「○○があるところ」。その○○に入る言葉は、食べたそれぞれが考え、答えを持って帰る場所なのである。