照りつける太陽の恵みと、川の流れが生む清純があった。
夏の八寸である。
数々の店で、夏の八寸をいただいてきたが、これほどまでに夏への感謝が胸に迫るものはなかったように思う。
蒸暑、清涼、蝉声、炎天、緑陰、夕立、涼風、夏野。
白木丸盆の上に夏があった。
一つ一つ説明しよう。
奥の左側、切り子器の中は、「すもも」。
焼きなすみたいに焼いて皮を外してあるのだという。
その上にツルムラサキと鮎アンチョビが載せられている。
赤、緑、白の色合いが映え、鮎と青菜の大きさが精妙に計算されていて、すももの切ない甘みを引き立てている。
奥の真ん中、筒小鉢の中には、「モロヘイヤおひたし,自家製粒マスタード」。
モロヘイヤの淡い淡い甘みに、粒マスタードが寄り添うおどろきがあった。
奥の右手は、「うずら卵の温泉卵とウチダザリガニ」
ザリガニですまし出汁を作って器に張り、身はちらしし、アラレとともに散らしてある。
澄み切った甲殻類特有の滋味が舌を流れる。
言うてみればビスクがコンソメとなったような、深いが雑味のない綺麗な味わいが、幼い卵の甘みと出会う。
その手前は「鮎寿司」。
品がある。かそけき味わい。最後に抜ける酢の香りがいい。
真ん中は「志げ子茄子の酢煮」。
長野県下伊那郡喬木村で半世紀以上大切に栽培されてきた信州の伝統野菜だそうで、在来種を池田志げ子さんが長年たった一人で守り抜いたことにより、その名がついたという。
重さ300gと大きく、皮は硬いので身だけを酢煮にされた。
果物にも通ずる、あっさりとした清涼感がある。
左は、飯田名物の「きゅうりと塩イカの粕揉み」。
ひなびた強さがある。
その上は「青梅煮物」。
ゆっくりと齧りながら、常温の十六代九郎右衛門を啜りながら楽しんだ。
豪華なものは一切ない。
身の回りで育まれた、質素な食べ物を巧みに合わせ、丹精を込めて料理された味わいは、心を素にし、夏のありがたみがゆっくりと降りてくるのだった。
飯田「柚木元」にて。









