「今晩は」。
気の合うおじさん3人でカウンターに座り、板長に挨拶した。
「いらっしゃいませ」。
品のある落ち着いた声で彼は挨拶をした。
この店は一人で来て、好きなものを気ままに頼むのがいい。
だが品書きには、かたっぱしから全部頼みたいほどの料理が書かれているので、3人以上で、しかも食いしん坊で好みが合うおじさんたちと訪れ、様々な料理を突き合い、酒を飲みたい。
なにしろ「お献立」と書かれた品書きには、70種類に甘味が10種類、本日の料理が約10種類待ち構えているのである。
高級食材もあればポテサラや金平などの惣菜も用意されている。。
そしてどれもが、酒飲みおじさんの心のツボを押すのであった。
「今晩は、いらっしゃいませ」。
物腰の柔らかい老女将に挨拶され、「さあ食うぞ、飲むぞ」と気合が入る。
煮ツブ貝としらたきの炒めあえが突き出しに運ばれた。
まずはポテサラと蒟蒻辛煮で露払い。
これで燗酒を一本行こう。
お次は、加賀蓮根を揚げ焼きしてもらい、マグロの山掛けをいただく。
お椀は、丸吸に惹かれたが、誰がなんと言っても「沢煮椀」だな。
「沢煮椀」で、とっぷりと燗酒を飲む幸せよ。
続いては、オムレツが運ばれた。
このサイズがいい。
酒飲みの心を乱さない、手頃なサイズを心得ている人が少なくなった。
半熟とろりとなった卵を舌に乗せながら、酒を流し込む。
そして運ばれました、芋の煮っ転がし。
簡単そうに見えるが、酒を進ませながら濃すぎない、この塩梅が難しい。
さらには「キンキの煮付け」が運ばれました。
これも着地がピタリと決まって、しみじみうまい。
しかしこれだけの料理を、たった3人で、待たすことなく、重なることなく、前の皿がなくなりそうなタイミングで出す仕事が素晴らしい。
だから酒を飲みすぎちゃうじゃないか、こんちきしょう。
さあここでおじさんたちの目尻が下がる。
登場です。コロッケです。
芋の甘みが生きたコロッケです。
アジフライも運ばれました。
フライ攻撃に、食欲が刺激されて、エビフライも頼んじゃいました。
お次は、ナスのしぎ焼きですな。燗酒進んで困っちゃう。
おっと、さっきの蓮根の美味しさにほだされて頼んでしまった、レンコン挟み揚げも来ちゃったぞ。
ここいらで、酒の友「へしこ」が運ばれる。
ああもう燗酒何本のんだろう。
酒飲み友達がまた運ばれる。
丸干しである。
こいつをいじいじとかみながら酒飲むのが好きなのよねえ。
さあ締めはどうしよう。
僕は、塩おにぎりをお願いした。
海苔を巻いて出てきたので、海苔を剥いて裸にし、海苔は酒のつまみでやってから、あむっと塩おにぎりを頬張る。
今までの幸せがさらに膨らんで、ああ今夜もここに来ることができた感謝が競り上がる。
最後は栗ぜんざいとわらび餅で締めくくった。
ここは散々うまいもんを食べてきた、おじさんたちの保育園である。
甘みを、こっくりとした甘みを口に含みながら、永遠になくなるこの店の味と記憶に別れを告げた。