「うわっ 脂がのってやがる」
80歳を超えられたご主人が、のどぐろを焼きながら、ひとりごちていた。
やがて焼き上がると
「いやあ、美味しそうだねえ」と言って、常連客の前に置いた。
僕も焼き魚が食べたくなって、柳がれいを頼む。
すると、
「こいつは卵が入ってないとね」と、また独り言を言いながら焼き始めた。
途中で、
「はいこれ、も少し焼くのに時間かかるから、これで繋いでおいて」と、魚の肝を煮た小鉢を差し出してくれた。
柳がれいは、美しく焼き上がり、その淡い甘みに、八海山の燗酒を合わせる。
残しておいた浜名湖海苔の酢の物を、合間合間につまみながら、盃を開ける。
最後はどうしよう。
もずく雑炊にするか、生姜ご飯かあさりご飯か。
いや、しそご飯にしよう。
しそを細く細く、刻んで塩と共に混ぜたご飯で、なぜかもっちりとする。
どれだけ幅を狭く、細く切るかが肝心で、簡単そうだが素人にはなかなかできない料理である。
飲んで火照った喉に、しそのさやかな風が吹いて、気が座る。
途中で
「これも食べな」と、筍の煮たものを出してくれた。
糖尿で酒を医者から止められているらしいが、客がくれた酒を嬉しそうに飲んで、
「酒はうまいね、うますぎるん、だからダメなんだ、ハハハ」と、笑っていた。
関西割烹「出井」の流れを汲む店である。
だが、「料理は関西だけど、俺は上野の出だからね」と、笑う、チャキチャキの江戸っ子のご主人は、今日も厨房で一人、元気に揺るぎなく、料理をされていた。
湯島「いづ政」にて。