春である

食べ歩き ,

春である。
「子持ちヤリイカも新じゃがも、、毎年こんな塩梅でよかっかなあと思っているうちに、一ヶ月ほどで終わってしまうんです」。と、有いちは笑った。
ヤリイカに味を入れなくてはいけない、しかし入れ過ぎて固くしてもいけない。
若いのに、その塩梅がぴたりと着地している。
新じゃがも子持ちヤリイカも、これから味が濃くなろうという幼い気配を残したまま、素直に炊きあがっている。
「ゴリと野ブキ、わらびの煮物」。これもまた春である。
煮崩れないよう、その小さき体に串を打ち、一旦炭火で焼いてから煮しめたゴリを噛みしめると、甘辛さの奥から、魚卵の滋味が滲み出る。
子を宿すのは、もうすぐですよと言っている。
そこへ野ブキを食べれば、ほろほろと苦みが舌を巡り、不思議とまたゴリが恋しくなる。ワラビは、一旦素っ気ないような口当たりながら、噛めばにゅるりが湧き出でて、にゅるりが微かな甘みとなって口を満たす。
そして口から消えかかる刹那、野山の香りが吹き抜ける。
荻窪「有いち」の春、である。