ビルの奥で、人知れず佇む、代々木「正一」。
「もし今後の生涯、三軒しか居酒屋、割烹に行けないとしたら」という問あらば、この一軒を入れる。
昨夜は、20数年ぶりに会う同年代の食いしん坊知人との会食場所に選んだ。
はしりの空豆に始まり、イカの一夜干しとほうれん草の茎、トコブシ、甘ダイの頭の焼き浸し、青森平目のお造り、おから、青柳のぬた、ずわい蟹、平目の昆布〆、笹ガレイ、雑炊、蕗の薹の味噌汁と、こちらのペースに合わせ、絶妙な間合いで出される。
アマダイは焼き目の香ばしさが、滋味に富む出汁に染み渡り、充足のため息をつかせ、
おからは、味付けがこれ見よがしでなく、芯に貫いた仕事が舌を冴えさせる。
昆布〆の塩梅、ぬたの甘み加減、雑炊の見事な玉子のとじ方、蕗の薹の微塵の細かさ。
旬に敬意を払った丁寧な仕事に、盃を重ね、菊姫山廃から紳亀と進む。
着物姿が凛とした、品が漂う女将さんの接客もまた、すこぶるよい。
酒飲みの心をチクチクつつく肴に顔を崩し、つい飲みすぎてしまう。
ああ、いい店だなあ。
うれしいことに食べログでは低評価。
昨夜の客は私たち二人だけ。
延々食べ物の話を続けながら、うまい肴と酒で夜が更けていく。