お母さんでもないのに、マンマの愛を感じる。
イタリア人でもないのに、なつかしい。
サルディーニャに行ったこともないのに、大地を踏み締めている感じがする。
「2月に振られて、ずっと緊張してきました。いろんなパスタを手作りしては、試行錯誤を繰り返しました」。
そう倉谷シェフは話された。
前菜は、鉄分のぶつかり合いから始まった。
★馬肉とまぐろのカルパッチョである。
赤玉ねぎや茗荷を混ぜてタルタルにしたマグロに、カメビシ醤油や赤ワインでマリネした馬肉を合わせてある。
両方ともサルディーニャでは、よく食べられている食材だという。
マグロの渋みと酸味、馬肉のうま味とほのかな酸味、二つが舌の上で抱き合う。
味付けは優しいのだが、噛んでいくとコーフンしていく高まりがある。
そしてこれを、パーネ・カラサウ(Pane Carasau)という羊飼たちが保存食として食べていた極薄焼きパンに挟んで食べる。
異体験ながら、何故かすっと馴染む味である。
★「色々な豆のミネストラのフレーゴラ、うなぎのせ」。
一番下には、そら豆のスープのファカーダ、豆のサラダとフレーゴラときび、その上にうなぎが乗っている。
このうなぎが素晴らしい。
煮てから焼いているのだろうか?
ふわりと歯が入って脂の甘みが溶け出し、皮がまったく歯にあたらない。
空豆のスープはどこまでも優しく、様々な豆の食感が弾ける中で米粒状のフレーゴラが絡んでくる。
楽しい。
そしてなぜか遠い記憶の中にあったような感じがした。
★「ロリギッタスかじきまぐろのツナと胡桃、ヴェルナッチャオリスターノソース」
このツナの味に目を開いた。
よくあるような、素っ気なさが微塵もない。
しっとりとして、噛み締めると穏やかな甘みが滲み出る
そこへ胡桃の香りと杏の甘酸っぱさが、追いかける。
それらを、サルデーニャ島オリスターノ地方を代表する伝統的な白ワインのヴェルナッチャオリスターノを使ったソースがつなぎ合わせる。
なかんずく杏の効果がよく、引き込まれるよぷにフォークを口に運ばせてしまうのであった。
ロリギッタスは、サルデーニャ発祥のパスタで、細長く伸ばした生地を二重に指に巻きつけて、ねじって作るリング状のパスタである。
★「伊勢海老と柑橘、トマト、新生姜のスパゲティ」
この日のために、シェフはスパゲティも手作りしてくれた。
伊勢海老の濃い滋味が溶け込んだトマトソースは、笑い出したくなるほど痛快で、その旨味を、もちっとした食感のスパゲティが受け止める。
柑橘の甘酸味、生姜のアクセントのバランスよく、これまた一気呵成に食べさせる力がある。
また作って欲しいなあ。
続いていよいよ
★「クルルジョネス、トラディショナーレ、ちょいと辛い生うにと」である。
パスタ大学の時は、エビを入れていたがそれは邪道で、本来は、じゃがいも・ペコリーノチーズ・ミントを包んで麦の穂の形に仕上げる、サルデーニャ島の伝統的なラビオリ型パスタである。
ああ。
ひと口噛んでため息が漏れた。
モチッとした水餃子的食感を持つ皮が破れるとじゃがいもの優しい甘みが、チーズのコクと合わさって、流れ込む。
もうこれだけで反則であるのに、口から消える刹那ミントの爽やかな香りが漂って、後を引くのである、
サルデーニャ島の名物だけで作ったシンプルなパスタだが、毎日食べても飽きない、普遍的美味しさと温かみ、力強さがある。
続いて
★「マッロレドゥスの海のカンピダネーゼ、まぐろ頬肉のフリットのせ」が運ばれた
マッロレドゥスは、ニョケッティ・サルディ(サルデーニャのニョッキ)」とも呼ばれている、長さ約2cmほどの小さな貝殻状のパスタで、カンピダネーゼは、サルシッチャ(生ソーセージ)と香味野菜、トマトソースで煮込んだ料理であり、必ずマッロレドゥスと合わされる。
シェフは、マグロの頬肉をサルシッチャに見立て、ソースと合わせた。
筋のあるマッロレドゥスはソースがよく絡み、そこへ頰肉のフリットが勇壮な食感ではずむ。
サルシッチャを使わず、こういう料理もサルデーニャ島にあるのかはわからないが、目をつぶれば現地のマンマたちが作っている姿が浮かぶ。
そんな自然があった。
★スイカのグラニテを挟んで、
★「子羊のアローストカンノナウのリゾット、茄子とトレヴィス」が運ばれた。
サルデーニャ島を代表する赤ワイン品種カンノナウで煮たリゾットの中には、くたくたになった茄子と、ほのかな苦味を滲ませるトレヴィスが煮込まれている。
そしてアローストは、ヒレを中心にして背肉を巻き込んであった。
仔羊の皮下のコラーゲンと脂を楽しむと、ヒレ肉の肉汁が溢れ出す。
赤身肉の醍醐味で上気していく心を、リゾットの優しさがなだめる。
「リゾットのおかわりありますよ」。そうシェフが言ってくれたが、もうパスタ5種類も食べ、肉もイタリアサイズで、米も食べてと、一同満腹で誰もお代わりできなかったことが、返す返すも残念であった。
★ドルチェは、
「セアダス」揚げ菓子である。
セモリナ粉とラードで作った生地の中に、ペコリーノ・サルドを入れて焼き、蜂蜜をかけた、伝統菓子である。
ただし今回は、ペコリーノだけだと流れ出てしまいそうだったので、吉田牧場のカチョカバロを混ぜて焼いたのだという。
そりゃあうまい。
ぷっくらと服ランドドーム状の部分をフフォークの背で潰して食べる。
甘さの後に、ペコリーノのミルク感、カチョカバロの塩気が重なっていく。
その甘美な体験に酔いながら、遠い羊飼いの島に恋をした。
東銀座「クラッティーニ」にて。