元町「二位」

so long.

食べ歩き ,

9年前、ご夫婦で店を始めた時には想像だにしなかっただろう。
予約至難の店となり、毎晩全国から客が押し寄せることなど。
さらに想像だにしなかっただろう。
9年後に、人気絶頂でありながらも、店を閉めてしまうことも。
昨夜が最後の営業だった。
縁をいただき、最後の夜に食事をさせていただくことができた。
もうこの料理たちを食べることは、一生叶わない。
フカヒレを刺身にして出すという発想と、その味わいに驚く。
恐ろしく手間がかかるという、紅ズワイのミルク炒めは、蟹の優しい風味が、なぜか懐かしさを呼ぶ。
エビチリのようで、辛くはない海老料理のナスとの相性に、笑う。
辣子鶏は手羽先で、唐辛子の香りに満ちた肉の滋味を、ヒーヒー言いながら食べる。
タイで中国料理を食べているかのような不思議がある、サンラータンは、ココナッツミルク風味で仕立である。
そして、食欲をくすぐるギリギリの味付けの淡さが泣かせる、黄韮ともやしの炒めそばと、チャーシューがうまい炒飯。
書けば限りがない。
どの料理も優れた独創がありながら、舌に、心にすうっと馴染んでくる優しさがある。
それがもう食べることは叶わないのだ。
だが永遠に、脳に刻み付けよう。
そして時折ふっと思い出し、だらしなく笑って、よだれを垂らすのだ。
最後にご主人へのインタビューを、日を改めてお願いすることを約束していただいた。
「この人、かなり変だから喋るかしら」と奥様がいう。
偏屈そうで寡黙なご主人から、どんな想いが発せられるのか、今から楽しみである。