店との付き合いはもう30数年になります。

食べ歩き ,

拝啓  伊藤和幸様
今年初めてこの店に来ました。
そして、なんでもっと来なかったのかと猛省いたしました。
貴君同様、店との付き合いはもう30数年になります。
ほとんどの料理をいただいています。
今日いただいた料理も、以前いただいたことのある料理でした。
しかしどの皿も、一口食べた瞬間に崩れ落ちたのです。
二口食べて笑い、三口食べて唸り、四口食べて喜びのため息をつき、五口、六口食べて「うまい」と、つぶやきました。
強いフォアグラやトリュフと合わせながら、筍の生命力が生き生きと舌に迫って来るソテー。
焦げる寸前までじっくりと焼き上げた牡蠣の凝縮感。
こんなに旨味のある野菜だったのかと、目を見開いて驚く、カリフラワーのムース。
ミキュイにしたサワラの繊細さと香ばしさに、うっとりとなるビーツと合わせた料理。
そしてシャラン鴨の優雅さと獰猛さが同居したロースト。
すべての料理を食べて、二つのことを感じました。
一つは塩です。
強い塩加減ですが、しょっぱいとか甘みを引き出しているといってことではなく、その大胆さ(精妙な計算)が、食材の体液と出会って、我々の官能を揺さぶる旨味に変化しているのです。
一つはカラメリゼです。
苦くなる寸前まで火を入れることによって、牡蠣もサワラも鴨も筍も、その表面に、煮詰めて煮詰めたような濃密なる旨味があるのです。
どちらも、若いシェフにはできない“勇気”と“達観”を感じました。
料理の感想を伝えると、シェフは言われました。
「長年二番を務めていた子が卒業しちゃってね。僕がまたオーブンをやらなくてはならなくなったんだけど。やり始めたら気づくことが多くて、今度はこうやってみよう、いや違うこうかなと、色々試したんですよ。いやあ料理って面白いね」。
そう、69歳になられた田代シェフが言うのです。
言葉を聞いた瞬間に、鳥肌が立ち、涙が出そうになりました。
「料理とはなんだろう」と、考え続けながら食べている僕にとって、ここは、「辻留」や「浜作」、「コートドール」同様、メモリをゼロに戻してくれる場所なのですね。
伊藤くん、また時間をください。
「ラブランシュ」のすべての料理は