頬、肝、米、茄子、大根、胡瓜。

食べ歩き ,

「今日は取っといたから。骨になったらこれかけてしゃぶって」。
そういうと、あんこうの頰肉の唐揚げを出してくれた。
ブリッブリッ。
肉が歯の間で、踊るように弾み、やがてゼラチン質の甘みが溶け出して、舌を覆う。
なにも言わずにしゃぶりつく。
最後は出し醤油を骨にかけ軟骨をしガム。
「やはり、出会いのいいお客さんて不思議とあるもんだねえ」
そう言って出されたのは、「あんこうの酒粕漬け」だった。
ねろりと滑らかな肝が、歯に舌に上顎に甘える。
消えかかる刹那、酒粕の香ばしさがふっと鼻に抜ける。
肝の色気を酒粕が優美にした。
「これだっていつもあるわけじゃない。肝を買ってくるわけじゃないからね。おろした時に出た肝の一部をつけてるだけだから、すぐなくなっちゃう。ちょうどある時に出会すんだから、マッキーは持っているよ」。
そしてアンコウ鍋である。
「今日は木もたくさん入っているからね」と、嬉しそう。
江戸風のこってりとした甘辛の味に染められた、アンコウの淡いうまみが愛おしい。
ホロホロと崩れる身、水袋や皮、ヒレのヌメっとした食感、胃袋のコリ、エラのヌメヌメ、ヌノのほろり、肝のくにゃり、七つ道具が唇と歯を喜ばす。
「あんこうとか穴子は、どこの産地ですかと聞いてくるお客さんがいるけど、いつも答えない。しつこく聞かれれば、海ですと答える。そんなどこの産地や海だなんて答えるのは野暮だよ」。
終わるとご飯とお新香である。
「うちはあんこうと穴子が看板だから、うまいのは当たり前、でも突き出しと最後位のご飯は命かけています」というご飯である。
白いご飯はそのままでもよし、お新香で食べてもよし、アンコウ鍋の汁をかけてもよし。
「茄子はこう切った方がおいしいんだ。その大根食べてみて。大根はヌカを炒めるで厄介なんだけど、漬け方を変えてね。どう?うまいでしょ」。
そこには84歳にして、なお今に満足せず、さらに上を、さらにおいしさを求めようとする、良き職人の誠実があった。