自由が丘 mondo

野生という繊細。

食べ歩き ,

本能の赴くまま、広大な草原を闊歩して、好きな時に好きなだけ、好きなものを食べて生き抜いたジビーフは、その名前からして粗野で野蛮そうである。
肉も荒々しく、たくましい味がある印象を持つ。
しかし実は、極めて繊細な肉なのである。
プロの料理人にとっても、焼くのが難しい肉でもある。
乱暴に焼けば、水分が抜け過ぎてしまうし、慎重すぎると、香りが出ない。
おいしく、ジビーフの本分を引き出すには、至難の技と感性がいる。
また一頭一頭の個体差があるので、さらに難しい。
それぞれのシェフの特性に合わせて、新保さんが肉を手当てしても、困難さは変わらない。
「ようやくなんとか焼けるようになりました。いままでのジビーフは、お出しできるレベルに達せず、すべてまかないでいただきました」。
そう言って宮木シェフは、頂を登りきった登山者のような、喜ばしい疲労感を滲み出していた。
皿に盛られたジビーフを切り、口に運ぶ。
固くもない、柔らかくもない牛の筋肉に歯が入り、エキスがにじみ出て、香りが漂う。
優しい鉄分の味わいが広がって、気分を上気させ、草の爽やかな香りが鼻に抜けて、気分を沈静化させる。
両極の気分を運んでくるのは、ジビーフそのものである。
1時間近くかけて加熱されたというお日さま農園のごぼうは、柔らかい土の香りと包容力のある甘さで、ジビーフの自然に寄り添う。
赤大根の漬物は、その酸味と香りのアクセントで、再び肉を食べさせる食欲を掻き立てる。
ソースとしたジビーフによるスーゴは、肉の滋味をそっと抱きしめる。
これが、ジビーフと散々格闘した、宮木シェフの答えだった。
皿の上には、そんな苦労のあとは微塵も見せていない。
そこにあるのは、自然が生み出した繊細に、虚心坦懐に添い寝した、敬意という味わいであった。