豚美食元年。

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「豚」と、一言呟いただけで心泊数が上がり、居ても立ってもいられなくなる。

「豚」の一文字をメニューに見つけただけで、胃袋が鳴って、涎が出始め、耐え切れずに頼んでしまう。

年々この偏愛傾向は強まり、去年辺りから一気に高まった。

ところが、この傾向は僕だけではないらしい。

よく人に、「一番好きな食べ物はなんですか?」と、聞くコトが多いのだが、最近「豚肉!」と答える人が多いのである。

しかも女性が多い。

そういえば近頃は、牛や仔羊、鳥肉よりも、「おいしい豚肉を食べさせる店があるんだ」と、デートに誘ったほうが、成功率が高い。

豚は牛よりも下に見られ、鳥より脂ギトギトでお下品というイメージがあったハズなのに、これはどうしたことか。

確かに、豚肉を食べさせる店が増えている。以前はとんかつ屋か洋食屋、中国料理店か沖縄料理店にしかなかったのに、最近では、フレンチからイタリアンまで豚肉料理が置かれ、銘柄豚や外国種の豚が、悠々と闊歩している。

人気のフレンチやイタリアンでは、二千年頃から豚肉料理を置くようになり、殊にここ一年で急増しているという。

いったいいつから、日本人は豚肉への意識改革をしたのだろう。

とんかつとポークソテーをこよなく愛していた僕のケースを振り返ってみれば、意識を新たにしたのは十年前、「三櫂屋」に出かけたときだった。

最初の一枚をさっと湯に潜らせ、食べた途端に頭が混乱したのである。

甘い。

ほの甘い滋味と蒸し栗のような甘い香りが口いっぱいに広がると、肉は溶けるように消えていった。

肉々しさはなく、しなやかなシルクのような品と、微笑んでしまうような暖かみに満ちている。

こんな豚肉は初めてだった。

こんなにも上品で豊かな味わいを持つ肉だったのかと、心底驚かされたのである。

そこへさらなる衝撃を食らわしたのが、浅草「すぎ田」、上野「平兵衛」、自由ケ丘「丸栄」という、三軒のとんかつ屋であった。

三軒に共通しているのは、火入れのやさしさである。

いたわるように揚げられた肉は、中心をピンク色に染め、うっすらと肉汁を滲み出している。その美しさに我慢できず、ソースをかけずに食べた。

しっとりとした甘い水分が口の中に溢れ、あれれ、とんかつってこんなに優美だったのかと、陶然としたのである。

この四軒によって、豚肉への認識は豹変した。だが、九十四年頃の豚肉文化食事情は一向に進展しないのである。

フレンチでは、今は無き渋谷「ヴァンセーヌ」が、メルゲーズ、アンドゥイエットなどのソーセージを作っていたほか、豚頭のテリーヌ、豚足や豚頬の煮込みを出す店はあったが、ロース肉のポワレやグリエ、ロティなどは見かけることはなかった。 

安価であるという点や、脂が多くて太るといった先入観、日常的すぎて、レストランでわざわざ食べるものではないというイメージなどにより、レストランでは使いづらい肉だったのだろう。

だからといって、ヘタに手をかけたり、洗練させようとすると、本来の持ち味が伝わらない。

しかしイタリアでもフランスでも、最も身近で、深く生活に根づいている肉である。

かの地で豚肉の魅力に打たれたシェフも多くいるはずで、いつかはとんかつや豚しゃぶと比肩する料理が出てくるだろうと期待をしていた。

その予感の近づきは、原宿の「オー・バカナル」が、仔豚の丸焼きを時折やり始めたという話で、いっそう強まった。

そしてついに二人のシェフが、日本の豚肉食史上、革命的な出来事を起こしたのである。

98年末に開店した「ブーケ・ド・フランス」の井本秀俊行さんと、99年当時青山「ラ・グロッタ」のシェフをしていた、寺内正幸さんである。

井本さんは、前菜にも主菜にも豚肉料理を盛り込んで、豚肉を食べてもらいたいという純粋な意欲を伝えるメニューを構成した。

邪馬渓や鹿児島の黒豚をポワレし、脂はカリカリに、肉はふっくらと肉汁豊かに焼き上げた皿。

黒胡椒をたっぷりとまぶした白金豚や黒豚のバラ肉を、ほろりと煮込んだ皿。

繊細でしっとりとした赤身部分のうまみを生かしながら、脂の甘みが舌にぐいっと切り込んでくる。

豚の脂とは。こんなにも魅力的だったのか目を見開かせるのに充分な料理で、笑い出してしまうおいしさに満ちていた。

一方寺内さんは、炭火焼きという単純明快な手法で攻め込んできた。

もち豚Tボーンの炭火焼きである。

なにしろこんな肉塊は初体験である。まずはヒレからやっつけることにした。一口食べて叫んだ。

「豚肉バンザイ!」。

肉に歯が食い込むと甘いエキスが流れ出て、うっとりと目を閉じた。

次に肉と脂が攻めぎあうロース部分を食べれば、「ああっ」と、うめく。

食欲の根源を揺さぶるうまさが、津波のように押し寄せてくる。

この二つの事件が起こった99年こそ、豚肉料理文化元年ではなかろうか。

明治5年1月24日、明治天皇が肉食奨励のために牛肉を試食して、肉食が幕開けして約二百年、ようやく豚肉料理は、豚美食先進国に近づいたのである。

以来、急速においしい豚肉料理が町に溢れ出した。

白金豚、沖縄あぐー豚、鹿児島黒豚、御殿場金華豚という銘柄豚やチンタネーゼやイベリコという外国種の豚もいただけるようになった。

品質のよい豚肉が手に入るようになった分、手を加えすぎない、焼きっ放しの料理も、各店に登場している。

脂のおいしさが世に認知された分、脂を生かす料理も増えてきた。

例えば、「ローブリュー」のイベリコ豚のグリエである。

脂身をつけたまま、じっくりと焼かれた豚にはなにもいらない。

添えられた塩とオリーブ油だけで十分である。

なにしろこの豚には、二種類のうまさが潜んでいる。

まずは、一口噛んだ瞬間に、うまいっ!と脳髄を揺さぶるダイレクトなうまさである。

次にきめの細かい肉を噛み締めていく内に、滲み出る野趣の香りや肉汁、融点が低くすっと舌の上で消えていく脂のコクといった、おいしさである。

日本の銘柄豚とは別種の香りやうまさがあって、肉食文化の奥深さを感じさせる。

また、こうして銘柄豚を食べ比べるのもいいが、人数を集めて仔豚を一等丸焼きにしてもらい、肩ロースやロース、ヒレ、腿の肉質や味わいの違いを楽しむのも、豚好きにはたまらない。

ロースハムや生ハム、ソーセージ類などの加工品を自ら作る店も増えてきている。

スペインやイタリアから、チョリソやロモ、モルコンといった良質な加工品も輸入されている。

また「フリッツ」のように、とんかつ屋が恐れ戦くような、それぞれの銘柄豚の特ち味を生かした揚げ方で、新たなとんかつ感を生み出す店もできた。

おいしい豚しゃぶを出す店も増えた。

だが、「三櫂屋」を上回る店はまだない。

幾度訪れても、最初の感動がよみがえる。

その答えは、「この豚肉と出会って、なんとか生かす方はないかと考え、たどり着いたのが豚しゃぶなのです」という女将さんの言葉にある。

初めにに豚ありき。

そしてその豚に最大級の敬意を払って、料理を生み出す。

それは三軒の料理人に共通する心根でもある。 

見逃せない。

成熟に向かって、まだ豚肉美食文化は開花したばかりなのだ。