六本木「ブーケドフランス」。

洗濯日の料理。

食べ歩き ,

日曜日という安息日が開けた、最初の楽しみはこの料理だった。
今日月曜日は、洗濯の日である。
朝ごはんを食べて洗濯に出る。
その時鍋に仕込んでいた料理を、パン屋に渡す。
パン屋の窯には、朝パンを焼いた時の余熱が、たっぷりと溜まっている。
パン屋の窯に鍋を預け、洗濯に出かける。
余熱という火力で、鍋にゆっくりと火が入っていく。
夕方にパン屋から鍋を戻してもらい、夕食の食卓に置く。
家族が集まり、食事前のお祈りをしてから、鍋のふたを開ける。
「わあああ!」。
その途端家族一同が歓声をあげる。
香りに、色合いに、味を想像して、歓声をあげる。
アルザスの郷土料理「ベックオフ」の完成である。
名前は「パンの窯」。
まさしくその火力による魔法に、敬意を捧げた命名である。
ふたを開けると、一面にジャガイモが敷き詰められている。
その下には豚肉、ベーコン、豚足、牛すじ、牛肉、ラムの肩肉と玉ねぎが入れられ、ネズの実も見えている。
まずジャガイモを口に運べば、甘く、ホロリとくずれ、肉の滋養と白ワインの丸い酸味がにじみ出て、体に幸福を運んでくる。
しなだれる玉ねぎの甘みに、目尻が下がり、満ち足りた養分に、本能が小躍りする。
「ああ、おいしい」。
しみじみと呟いた。
この言葉以外に、なにがいる。
下に溜まったスープを飲む。
「ああ、おいしい」。
この言葉以外に、なにがいる。
肉をアルザスのシルバネールで24時間マリネし、じゃがいもと玉ねぎを入れ、3時間半蒸し煮にする。
長い時間をかけるが、煮上がった瞬間が食べどきなので、絶対遅刻してはいけない。
肉を食べれば、うっすらと白ワインの味が肉と馴染んでいて、まあるくなっている。
途中ジャガイモを潰して豚足と混ぜてみた。
スープ、肉、玉ねぎ、すべてのうま味がジャガイモの甘さに溶け込んで、背中の骨がぐにゃりと柔らかくなる。
「ああ、おいしい」。
この言葉以外に、なにがいる。