山芋なのに昆布の味がした。
山芋の潮汁である。
山芋と水、塩だけで出汁を作り、炊いた山芋を真ん中に据える。
山芋には微量のグルタミン酸があるのは知っている。
だがその出汁から昆布を感じることはありえない。
感想を伝えると、中村さんは言われた。
「僕もそれを感じました。理由は分かりません。おそらく粘りが影響しているのではないでしょうか」。
味覚の不思議と生命の神秘が交錯して、鳥肌がたった。
僕がこの店に通う理由の一つである。
「出汁からではなく山芋から食べて、その後に出汁を飲んでください」。
言われた通りに、箸で山芋を掴もうとする。
だが、薯蕷饅頭に似せて、丸く正確に形作られた山芋を、箸でつかもうとするのは、至難である。
慎重に、心を傾けて箸で挟み、口に運ぶ。
優しさがあった。
すりおろし、細く切ってはわからぬ、穏やかな慈愛が、心をゆっくりと満たしていく。
はあ。
ため息ひとつついて、汁を飲む。
すると昆布のようなうまみが、そっと舌を撫でるのである。
箸で掴むときの緊張と集中、その後に訪れる安寧と弛緩。
「明寂」という名前をつけた志がここにある。
張りつめた緊張感と心地よい余白が同居する、静謐な美意識、すなわち食材の本質や内側から滲み出る美しさに出会う。
僕がこの店に惹かれ続けるもう一つの理由である。
西麻布「明寂」にて





