変態が好きである

食べ歩き ,

変態が好きである。
変態と呼ばれて、喜ぶ職人が好きである。
「変態ですね」というと、札幌、「鮨の蔵」のご主人は、嬉しそうに微笑んだ。
48℃で30分漬けた鮑は、生と蒸しの真ん中である。
噛むと生の鮑の香りがするのに、加熱された鮑の、ねっちりとした甘みもある。
戸惑う我々を前にして、鮑が笑っている。
「アサリの酒蒸しの蒸し汁はおいしいのに、しょっぱいのが残念」と思った主人は、酒蒸しの汁を、マフグとキンキのだし汁で割った。
汁を飲めば、うま味の品と複雑味があって、味蕾を翻弄する。
骨が多く、脂が野暮ったく、くどい鰊は、刺身で食べたがらない。
そこをタタキにして貝割れとゴマに合わせた。
すると野暮ったいというより、ねっとりとした脂の甘みが表れて、ウウムと唸らせるのであった。
脂がきつい“さめがれい”のエンガワは、小田原産のゆかりと合わせて緩和する。
赤魚は、皮と皮下がうまいが、焼くとくどくなり繊細さが失われる。それゆえにバットにお湯を入れてラップを敷き、50℃になったら静かに置く。
口にすれば、皮と皮下が舌の上で、いやんとよじれ、色っぽい。
鰯は、軽くしめて五日間寝かせ、色が変わった表面削いで、握る。
切り身ではなく小間切れにすることによって、肉感を出す。
おお、このいやらしさは、ギリギリである。
色気といやらしさの狭間にあるうま味である。
軽く昆布〆したボタン海老は、ラップで巻いて一日風乾す。
昆布の味は感じない程微かだが、あのボタン海老の余分な水分が抜けて、純な甘みだけが引き出されて、ねっとり甘い。
軽く湯引きしたホッキは、10回噛むと中からミルキーなエキスが滲み出る。
そのまま食べるとどうも芸がないホタテは、2時間風乾し、ほんのり軽い焦げ目をつける。
水分が抜けた分、澄んだ甘みを感じ、そこを焦げ香がくすぐる。
ちきしょう。
冷たいウニと人肌温度の酢飯とのバランスが悪いと考えた主人は、軽く脱水させたウニにさらしを乗せてお湯を注ぎ、30分置き、握る。
これぞ合一。ウニと酢飯が、舌の上で軽やかなステップを踏んで、舞い踊る。
デザートは、金賞とったハットリビアのリコッタの握り。
あうあう、ああ。
変態大好き。
それでいてこの酒揃え。
それでいて支払いも安い。
また来るぞ。