右顧左眄。戸惑い。逡巡。
頭の中に文字が浮かんで、想いは千々に乱れる。
さあ、アントレはどうしようか。
地物と書かれた、ベニズワイガニ、イワシ、バイ貝は食べたい。
しかし本命は、フロマージュテッドにブーダンだろうな。
「シャルキュトリーはどんな盛り合わせですか?」と、聞けば、
「自家製のハムとソーセージ、レバーのテリーヌに今日はハツと砂肝のコンフィも入ってます」。
やめてくれ。そう言われたらなおさら悩むじゃないか。
そしてメインはどうしよう。
「今日の魚料理はなんですか?」
「黒鯛のポワレになります」。
うむ、一つ候補が減った。
だが強敵の肉軍団、郷土料理攻勢が待ち構えている。
今一番何が食べたいかと自問すれば、鶏である。
「仏産若鶏2/1羽丸ごとロースト」である。
赤ワインを飲みながら、鶏にかじりつきたいという衝動が抑えきれない。
だが「レストランに来て、自分が食べたいものを頼んではいけません。シェフが食べてもらいたいという無言のメッセージは、メニューに書かれています。それを頼まなくてはいけません」。
食の師匠から言われた言葉を、長らく守ってきた自分としては、鶏は頼めません。
鳩や小鳩のローストで、キュイソンの具合を確かめるのも良い。
しかしここはビストロ。
郷土料理だろう。
一人でやっているのに、カスレもシュークルートもある。
ああ、タブリエドサブールにかじりつくのもいい。
いやトリップアラニソワーズは、トマトのうまみみにレモンコンフィが効いているかなと思えば、こちらも捨てがたい。
しかしここは、きっと自信作なのだろう。
一番上に書いてある、アンドイエットにした。
但書の「臭みというべき香りあり」という文言が良いじゃありませんか。
そしてアントレは、グレッグに惹かれて、イワシを少なめでお願いし、ブーダンノワールもお願いした。
すぐ運ばれた、イワシのマリネとグレッグを摘みながら、リースリングをやる。
グレッグが殊の外良い。
野菜たちが静かに拳をあげて迫ってくる。
ポワローをカリフラワーを人参をと、一つずつ食べながら、ワインを飲み、イワシを食べる。
ほら、もう幸せになってきたゾ。
お次はブーダンノワール、りんごのサラダ添えときた。
ワインをコートデュローヌに変え、テリーヌ型のブーダンを迎え撃つ。
ソーセージ型と比べ、テリーヌ型は、腸ではなく直接ブーダンの生地が焼かれているのがいい。
その焼けた香ばしさと中からふわっと香る、血の甘みの対比がいい。
こいつで赤ワインを二杯行った。
あまつさえ赤ワインを頼み、アンドイエットをお迎えする。
さあ登場です。
切れば内臓くんが溢れ出す。
大腸、小腸、子袋に胃袋かな。
豚の命が迫ってくる。
臭みという芳香が確かにあって、それが食欲に火をつける。
様々な食感が歯の間ではじけ、脂の甘みが舌に落ちる。
マスタードをたっぷりとつけて、頬張る。
マッシュポテトをなすりつけて、頬張る。
もう一心不乱で、気がつけば皿は空だった。
このコーフンを収めるのはデセールではない。
食後酒しかない。
カルバドスをお願いした。
こうして富山の夜は、緩やかに更けていった。
富山「ビストロヨシダ」にて。