一点の曇りも、ひと時の淀みもなき酒亭である。
いや形態的には割烹なのだろうが、あえて、愛すべき酒亭と呼びたい。
手書きのお品書きには、前菜から〆物、水物まで約60種の料理が並んでいる。
いずれも片端から頼みたい品々である。
突き出しの巻エビと胡麻豆腐は海老の甘みを生かした火の通しが良く、ジャガイモのきんぴらは、同寸同幅に切った仕事の良さと炒め方が精妙である。
新玉葱のすり流しは、一緒に混ぜたというハマグリの出汁が出過ぎておらず、静かにうまみを膨らまし、タコの柔らか煮は下に敷いたチリ酢ゼリーが、タコのうまみを巧みに盛り立てている。
蒸し鮑とうるいのぬたは、そのくみ合わせの妙とねた味噌の塩梅がよろしい。
ヨコワとさより、アジのお造里は、質高く、ポテサラはその品の良い味付けと、ピクルス風きゅうり薄切りのアクセントが、芋の甘みを際立たせる。
イワシのオイル漬けは、油とイワシの脂がまぐわう加減がたまらなく、焼いた自家製京揚げは、それ以上でも以下でもない薄さが憎い。
そして油目の煮物碗は、淡い出汁に油目の脂が溶けて、次第に濃厚になっていく過程に唸る。
さあ最後の締めはどうしよう。
丸雑炊にも惹かれたが、隣の方がカラスミ餅を食べているのを見て、からすみなしの安倍川餅にしてもらった。
餅は自家製の玄米餅で、しみじみとうまい。
七本槍や浅芽生などの日本酒をたっぷりといただき、至極ご満悦となった。
しかもこれらの料理は重なることなく、良きタイミングで、コースでもないのに出てくる。
厨房のご主人以下3人は、誰が誰に指示を出すわけでも無く、注文を読み上げることもないのに、それぞれが的確の仕事を迅速にこなし、こちらが小声で注文する気配も素早く読み取る。
そしてご主人以下3人とも気配りがきいて、あたりが柔らかい。
ミシュランや食べログとは関係なしに、こういう店が評価される時代が来ればなあと、切に願う。