奈良「玄」

蕎麦がきの優美

食べ歩き ,

ふんわりと箸先が沈んだ。
そっとつまめば、ぽってりとした重みが指先に伝わってくる。
何もつけずに口に運ぶ。
舌の上に乗った蕎麦がきは、存在感がある。
だが歯を2、3回動かすだけで、淡雪のようにはかなく消えていった。
あとは、ほのかにほのかに甘い味わいが、口の中で揺らめいている。
次にに塩をつけ、今度は噛まないことにした。
唇で挟んで舌の上へと移動させ、舌と上顎だけで押しつぶしてみる。
口の中で、草がたなびく
青い、野生の香りとほのかな甘い香りが入り混じって、鼻に抜けていく。
塩によって、甘みが少し膨らんだ。
次はわさびをバターのように塗り、醤油をちょんとつけて食べる。
ああこれは、酒が恋しい。
春鹿の斗びん囲いを口に含む。
酒に潜んだ米の甘みと蕎麦の甘みが、優しく抱き合い協奏を始める。
時が緩んで遅くなる。
もう一度何もつけずに舌の上に乗せてみた
舌に、ぬるりと広がった食感に、胸が高まる。
なぜか懐かしい。
母が自分の歯で咀嚼して柔らかくし、離乳期の赤ん坊である私に食べさせていた頃の喜びが、目覚めたような気がする。
次の一口は、やはり舌の上に乗せて優しく押しつぶし、鼻から空気を吸い込んでみる。
目を閉じればそこは、蕎麦畑の真ん中で、白い可憐な花が風に揺れていた。