〜会いたくなった時に君はいないVOL1〜
「すいません。注文したのはハンバーグで、オムレツじゃないんですけど」。
1997年7月、目の前に現れた皿を見て、思わず文句をいいそうになった。
なぜなら皿の上には、赤茶色のソースをまとった新錘形のオムレツが、どっしりと一つ、座っている。
どう見てもオムレツである。
しかしもう一度メニューを見返しても、オムレツなる品書きはない。
頭をひねりながらナイフを入れると、薄焼き卵がとろりと割れて、中から焦げ茶色のハンバーグが現れた。
これが下町の風情漂う須田町にあるとんかかつ屋、「万平」のハンバーグである。
豚のヒレとロースのひき肉、玉ねぎ、パン粉などを合わせて練ったものをカリッとソテーした後、オムライスのように薄焼き玉子でくるりと包んである。
一見異様に感じる姿だが、よく考えれば、同じ玉子料理の目玉焼きはハンバーグの好伴侶である。
ならば、こいつも旨いに違いない、と口に運んだ途端、思わずうれしさがこみ上げてきた。
まずは内側が半熟になった玉子焼きと柔らかいハンバーグが合わさった、優しい食感に笑みがこぼれ、次に豚肉ならではの甘みが口いっぱいに広がり、それが玉子の甘みと混じって、2度目の笑みがこぼれる。
照り焼き風ソースにケチャップを合わせた甘いソースも、このハンバーグと相性よく、玉子、ハンバーグ、ソースが入り交じると、食べる勢いが加速する。
オムレツ姿といい、独特のソースといい、豚肉のハンバーグならではの好伴侶を見つけるなんぞ、さすがとんカツ屋のご主人である。
とんかつにできない部分を自分で挽いたひき肉
人気のカキバターは、広田湾の米崎産
3日漬け込み、ひとつずつ芯と葉を合わせて丸く盛りつけた、白菜漬け。
独特のタレがご飯を恋しくさせるポークソテ。
甘い麦味噌を使った心温まる味噌汁
一回揚げてから、オーブンで焼いて、衣の油切れをよくしたとんかつ。
2020年末に閉店。
創業70数年。
古き良き時代の料理店として規範になる誠実が、隅々まで行き渡った店だった。