「燗酒を頼んでいただいているので、これを召し上がってください」。
出されたのは、たたみいわしに乗せられた豆腐の田楽だった。
思わず笑みがこぼれる。
心遣いに、胸が温まる。
きけば、「お酒を頼まれたお客様には、何かしら一品をお出しするようにしています」。とご主人は言われた。
だがそれだけではない。
ぬる燗を出された時、盃が温められていた。
さらに。
ただ田楽を出すのではなく、たたみいわしの上に乗せて、しばらく楽しんでくださいねという、心遣い。
そして田楽味噌は、牡蠣を練りこんでいるということで、味噌の旨味の後から深い旨みが追いかけて、酒を飲ます。
もう一つ。
木の芽が一枚ずつバラされている。
どの料理でも木の芽は、そのまま飾られる。
そのまま食べてもいいのだが、それでは木の芽の楽しみは一回で終わってしまう。
そのため僕はいつも、自分でバラバラにしてかけていた。
しかしそこを読み取って、こうした形にしてくれたのである。
この店は、割烹ながらコースが8000円とお値打ちである。
だがその限られた予算や食材の中で、いかにお客さんに喜んでもらえるだろうかと知恵を絞り、心を傾ける。
懐石料理の心得の一つである「相手のことを考える」が貫かれている。
僕はこんな店が好きだ。
荻窪「有いち」にて。