西麻布「明淋」

<根菜の尊厳>1大根

食べ歩き ,

<根菜の尊厳1>
木蓋が外されると、扇形に切られた大根が座っていた。
大根の潮煮である。
下茹でせず、塩と水だけで炊いたという。
大根に歯を立てる。
力入れずとも大根に歯が包まれていく。
いや正確には、緩い、緩い力を入れなくては、いけない。
その硬さというか柔らかさが。ギリギリなのであった。
大根の繊維を解放しすぎてやることのなく、精妙に火が通されている。
それゆえに、土の下でしぶとく生きてきた大根のたくましさが、歯に伝わってくる。
柔らかく炊くことは、ある意味簡単である。
だがその、ほんの少し手前で止めてやる。
その加減は、至難だろう。
噛み切ると、大根の甘さがゆっくりと染み出してきた。
それは、薄暗さの中で微かに感じる光明であり、体の中に眠りし本能が、養分を受けとる感覚が目覚める。
朴訥な養分である。
静謐な養分である。
静寂であるからこそ、希少なありがたみが体に満ちる。
次に汁を飲む。
すると、大根の慈愛が口いっぱいに広がって、喉に落ちていった。
今まで幾度も大根の茹で汁をいただいてきたが、こんなにも清廉さを伴った深みはない。
大根の皮や端材を使った出汁で煮込んだのだという。
これはもはや、うまみではない。
大根が生きてきた尊厳なのだろう。
だから最後の一滴が去り、別れを告げる時、自然と涙が滲んだ。
西麻布「明淋」にて