蒸し鮑というものは、切った大きさが肝要である。
つまり噛んだときに、最大限の美味しさを発揮する大きさとはなにかということではないだろうか。
「黒部の鮑です」。
そう言って運ばれた、見事な鮑が3枚皿に乗っている。
これを6人で食べようってんだから、つまり二人で一鮑である。
それは、ブリや松茸の時と同じく、コストは度外視して、一番美味しい瞬間を食べてもらおうという、藤井さんの心意気なのであった。
大ぶりに切られた鮑に、歯を立てる。
歯は鮑に抱かれ、めり込んでいく。
その瞬間、甘い磯の香りが鼻に抜け、やがて鮑の肉体から滋味が滲み出て、舌を流れ、喉に落ちる。
ごくっ。
わずかな液体ながら、喉が鳴る。
海藻のような、貝のミルキーさのような、そのどちらでもないうま味がそこにはある。
さらにグッと力を入れて、噛み込む。
再び香りとうまみが顔を出す。
噛んで命を喰らっているという感覚が、うま味にスパイスをかけ、興奮を呼ぶ。
だからこそ、鮑というものは、切った大きさが肝要なのである。