シリーズ「いい店とは会いたい人がいる店である」
「昭和39年 東京オリンピックの時に主人と店を出しましたから、もう58年やっています」。
白髪の女将はそう言われた。
今年で83歳になられるという。
ご主人もとうの昔に亡くなられて、長く一人で店をやられている。
そいつらをかじりながらの燗酒が、心を潤す。
「大根サンドってなんですか?」と、聞けば
「今日市役所行ったんだけど、忙しくて紫蘇を買う暇がなかったんで、今日はできません」と、にっこり。
「では冷奴となすもみをください」。
「はい」、そう可愛らしい声で答えられた。
冷やっこは、長年使っている豆腐屋ということで、豆の味が濃い。
そしてナスは、塩で優しくもんで、なまり節をかけて出された。
店もまた年季が入っていて、カウンターも柱も椅子も、すべての小物も、客の愛着と酒が染み込んで、心の垢を落とす。
暖簾に、「明石焼き」と書いてあったが、壁から下げられた短冊メニューには見当たらない。
「明石焼きはできるんですか?」 そう聞いてみた。
「主人が好きでね、カウンター前を改造して、たこ焼きの鉄板を取り付けてね、目の前で焼けるようにしたんですよ、でも高知の人にはウケんでねえ。誰も頼む人がおらんき、やめてしもた」。
メニューを見ていたらきになる料理があった。
「願いだんごってなんですか?」
「家族が健康である。朝起きた時に仕事がある。人間関係が豊かである。感動できる心がある。少し御銭がある。これが幸せの条件ね。お客様にこれらがあるようにと願いながら握るだんごなの。そして一番最後に願うの」。
「それはなんですか?」
「食べ物は人の運を開き、人生を変える力がある。そう信じて作ることね」。
そう言われて、素敵な笑顔をそっと作られた。
高知「京や」にて。