浅草に「牧野」という店あり。
「いやだあ牧元さんたら、うちはふぐ屋で蟹鍋の店じゃないんだから。あまり人に言わないで」
と、女将さんは言うが、いいながらも嬉しそうなので、
ついついいろんな人を連れて行き、宣伝もし、
雑誌にも紹介してしまった。
本来はこの店の贅沢なまかない。
食べたら皆が目を輝かせる。
それを自宅で展開した。
なあに材料は、活きている毛蟹と大根、味噌(麹がよろし)、鷹の爪にバターだけ。
鰹節だしで短冊に切った大根を茹で味噌を溶く。
そこへ、食べやすく切った蟹投入。
「熱いかい。ふふ今に食べてあげるからね」。
味噌は別分けにして。
蟹に火が通ったかなくらいで、箸を突っ込む。
蟹うまし。
取り合いになる。当然。
次にバター。
さらに取り合いになる。当然。
おもむろに大根たべりゃ、蟹と味噌の味染みて、
にっこり。
鍋が進むにつれ味が大根に染みて、たまらない。
ここで反則「かに味噌」投入。
取っておいた蟹味噌に鍋の汁入れて溶き、一気に鍋へ。
さあ大変。蟹味噌のコク加わって、うまみ倍増、
一同無我夢中。
最初は
「カニ、カニ、カニ」と叫んでいた面々も、
「大根、大根、大根」と叫ぶ。
大根取り合い、必至の競争。
これまた当然。
大根なくなり、残った汁をご飯にかけて
ザッブザッブと掻きこみゃ、幸せ体に充満す。
「やばい」
「もうやめて」と口々に叫びながら、一心不乱。
次に茹でた中華細麺に汁をかけてラーメン状。
こいつはさらにいけません。
蟹の風味が全面に。
さらに追い討ちかける味噌の甘味、
バターの香りとコク。
上品な味噌の滋味。
危険な蟹味噌のねっとりうまみ。
ああいけません。
上品な味噌ラーメン。
味がとがっていることなく、各種うまみがまぐあいながら渾然一体。
上品ゆえに、試してみたが太い麺、
かん水多きコシ強麺は合いませぬ。
腹いっぱいなれど、箸が行き来する。と火を再びつけようとするも、阻止される。
叫ぶ間もなく、鍋は空っぽなり。
大根競うため、別名「ひたすら大根鍋」