春はもうすぐ。
料理たちはそのことを伝えていた。
淡雪の下から、肥沃な土が現れる。
刻んだセップやナッツを入れ込んだ、パースニップの土である。
その鮮やかな薄黄色は、春の気配を宿し、冬の寒さに強い野菜特有の、濃い甘さとほのかな苦味が、啓蟄の予感を忍ばしていた。
次の皿が運ばれる。
そこには、デリケートな春がいた。
薄赤色の蟹の頂上にはすみれ色の花が飾られ、周囲には緑とクリーム色のソースが添えられている。
タラバ蟹はメイヤーレモンの酸味を借りて、甘みを優美に膨らませ、クレソンソースの香りとヨーグルトソースの酸味が軽やかな春のステップを踏む。
隠れたキヌアの食感も楽しく、明らかに春のリズムが鳴り始めた。
さらに次の皿は、春満開であろうか。
ホタテと黒大根の薄切りをそうにして重ね、上にはトリュフがのせられる。
下にはそばの実のリゾットとバタヴィアレタスの千切りが敷かれている。
脇にはポワローのコンフィと焼き、マーシュのソースが控えている。
これらを一緒にして食べる。
まずトリュフが香り、大根のかすかな絡みがホタテの甘さを引き立て、蕎麦の実が弾け、素朴な味わいが染み出してきたところへ、レタスの甘さが流れていく。
味わいにのどけさがある。
春の陽だまりのような、のんびりとした時間、心身を温める包容力があって、心が緩む。
長く一緒に働いた二人のシェフが、互いをリスペクトしながらつくりあげた冬から春へ向かう料理たちは、おいしいを超えた情が我々の体に流れ込んで、どうにも気分を高揚させるのだった。
フランスオーベルニュ地方の三つ星「レ・メゾン・マルコン」のジャック・マルコンシェフと、フランスシャンパーニュ地方の二つ星「ラシーヌ」の田中一行シェフの共演。
ホテルニューオータニ「ヴェッラヴィスタ」にて。