北海道に行くなら、まず最初に何としても行きたいと思う店である。
場所は遠い。
「なにもないとこです」。とご主人は仰るように、確かに食材は乏しい。
だが、そこにある食材だけで豊かなご馳走を作るのが、日本料理であることを彼は証明している。
東京「招福楼」の料理長を辞められて地元に戻り、始めた店だった。
札幌からくるにも時間がかかる。地元の利用客は少ない。食材も思うように使えない。
そんな中で山に川に入り、徹底的に地元の農家を回り、食材を確保してきた。
「何も考えていないです」そうご主人は仰るが、食材同士のバランス、それぞれの活かし方、香りのアクセントなど、すべてが練りに練られた一流の日本料理である。
例えば、スケソウダラの白子のお椀は、古漬け白菜と合わせる。
たっぷりと入れられた白子のコクに唸る時、そっと白菜漬けの練れた酸味が下に近づいて、無性に白菜漬けが食べたくなる。
白さし漬けを食べれば再び、白子のコクが恋しくなる。
そして時折柚子香りを刺す。
そういった具合に、すべての皿が食材への愛に満ちている。
高級食材は一つもない。
一つもないが、これだけ心を豊かにしてくれる日本料理はなかなか出会わない。
5年ぶりに出た新しいミシュランで、「味道広路」が、ひとつぼしから二つ星になったのは、ミシュランの見識だろう。
「ひとつぼしと二つぼしは全く違います。札幌からも道外からもお客さんが来ていただけるようになりました」と、おかみさんが嬉しそうに笑った。
札幌から片道1時間以上バスに乗って栗山駅に行き、そこからタクシーに乗ってこの店に行く。
帰りも同様である。
ただそうして時間をかけても、僕はこの店に行きたい。
もうすでに5回は行っただろうか。
僕にとってこの店は、「寄り道する価値がある」店ではない。
「この店のために、わざわざ旅をする価値のある店」なのだ。
「味道広路」昼の五千円の料理と室内。器はこちらで。