今年も名古屋「得仙」に席をいただいた。
ずらりと並んだ最上級の食材。伊勢の伊勢エビに、赤穂のまるまると太った牡蠣。葱も春菊も三つ葉もしん薯も、この上なく上質である。
伊勢エビと牡蠣は食べることは食べるのだが、この後のアンコウのための出汁を出す役目を果たすためにいる。
甘辛い汁はかなり濃く、最上質の食材を濃い味で食べて、さらに煮詰めて、しかもあんきもを足していき、さらに濃くするという、名古屋らしいアイロニカルと実質が混沌化した味わいなのである。
途中ぜったい汁を飲んではいけない。すぐさま女将にイエローカードをだされる。ボクはこともあろうか女将の真ん前で飲んで、レッドカードすれすれであった。
さて、伊勢エビと牡蠣の後はアンコウ.
噛むとむっちりとして甘みのある、見事なアンコウである.カワも頬肉も、胃袋も腸も、食感の妙があって楽しいが、この時期は、なんといっても卵である。
薄いたらこ色の卵を鍋に入れるとすぐに乳白色に変わるので、そこをいただく。
にゅるんと唇を通り過ぎる卵を、くにゃりと噛めば、とろりと崩れ、微かにプチプチと歯に当たっては、甘く消えていく。
舌の上で様々な食感が登場しては変化していく、生命の神秘がある。
最後は雑炊。
まあよく食べ、よく飲み、よく笑った、楽しい宴だった.
では名物女将の名言集。
テーブルを指差し
「線の延長線上から、どうぞ中にお入りください」。
女将さんに会いたくてきましたというと
「なんといいましても私控えめで、なにもいえません」。
ご主人をほめると
「そう見えるところが、くせ者ですの」。
アンコウの卵を取ろうとすると
「取ろうとすると、滑って逃げますのでお気をつけて。よく言い聞かせてあるんですけどねえ」。
スープもう少し欲しいなというと
「なにかご不満点でも?」と交わされる。
今年もう一回どこかはいれないですかねえ、と言うと(得仙の予約は1年中常連で埋まっている)
「来年は来ていただけないんですか?」
創業はいつ頃ですかと尋ねれば
「こういったところですから、私ども若うございまして、大正十一年、まだ玉子でございます」。
女将さんのことをほめにほめれば
「もう、いつものことながら、お上手がお上手で」。
そして別れ際に、
「それでは、よいお年を」。
味だけではない、ここにもまた見事なまでのアイロニカルと実質性が、たくましく生きているのであった。
今年も名古屋「得仙」に席をいただいた
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