味が濃い。
それが京都大原の里で作られた野菜である。以前7つの星を持つフランスの料理人、アラン・デュカス氏が来日した時、京都「草喰なかひがし」のご主人中東なかひがしさんは、大原の農家に連れて行かれた。
それまでの印象で、日本の野菜の味は淡いと思っていたデュカス氏は、土がついたままの人参を掘り起こして食べ、満面の笑みを浮かべ、
「日本の野菜は、こんなにも味が濃いのか。」と驚いたという。
京都大原の里は、養分の多い土壌と寒暖差があるため、より実のつまった京野菜ができる。最近では30代の新規就農者も増えて、さらに条件の整った野菜が安定供給されるようになってきたという。
そんな野菜が数々の料理となって、「草喰なかひがし」で出された。
その一つが、聖護院大根と堀川ゴボウ、畑はたけ菜な、里芋素揚げの炊き合わせである。
煮汁をまずは味わってみた。
甘い。優しく甘い。体にゆっくりと浸透されていくような、大地の甘みである。この炊き合わせには出汁は使っていない。塩も砂糖も、醤油も使っていない。水だけでじっくり炊いた野菜本来の旨味が炊き合わせの甘みとなって、我々の心を包み込む。
中東なかひがしさんはいう。「本来、誰でも人間はこういうものを、直感的に美味しいと感じるのです。」
一方、先斗ぽんと町の「ほっこりや」では、そんなたくましい京野菜を、おばんざいにして食べさせてくれる店である。
おばんざいの本も出版している女将の松本美智代さんもまた、京都の様々な農家の方と取引しているという。
カウンターの上には、錦市場を通して購入した農家の野菜を使ったおばんざいの大皿が、8種類ほど並ぶ。
その日の料理について松本さんはいう。「朝、家を出る時は頭の中は真っ白。なにも決めていないんです。錦市場の八百屋に行って野菜を見て触って考え、そこで自分に、今日はなにが食べたいかを聞いて、料理をきめるんです」。
タラコと炊き合わされた海老芋は、飾り包丁の角が、微塵も煮くずれていないのに、中まで均一に柔らかい。力をいれることもなく、なめらかに舌の上で崩れていく。
そのきめ細やかで優しい食感に、心が温まる。
また豆腐と菜を和えた白和えは、滅多に市場に出回らなくなったという京菊菜を使用している。京菊菜は、えぐみなく、爽やかな香りを放って、豆腐の甘みを盛り立てる。
そして、通常のコンニャクと異なり優しい食感が魅力的な、手作りの永源寺コンニャクと丹波ゴボウの炒め煮。
京都でゴボウといえば堀川ゴボウが有名だが、丹波ゴボウは堀川ゴボウより短くやや細い。胴の部分の繊維(肉質)は柔らかく、それが見事に永源寺コンニャクの食感と合うのである。
蛸たこのてっぱい(ぬた)を口にすれば、酢味噌の甘みの中で蛸たことワケギが弾んでなんとも楽しく、酒がついつい進んでしまう。
水菜とお揚げの炊たいたんは、ほのかに甘い煮汁の味が水菜や揚げに染み込んで、なんとも心が緩む一品である。
そして大根の微かな辛味と香りが、優しい味付けのアクセントとなっている聖護院大根と里芋、京人参と鶏肉の炊きあわせ。
いずれも松本さんが長い年月の中で見つけてきた農家の野菜であり、今夜来る人の顔を思い浮かべて、丹念に料理したおばんざいである。
野菜料理だけで、ごはんも食べていないのに、お腹が一杯になった。
それは気持ちが充足したからだろう。大地の力を伝える日本の野菜は、それができるのだ。