レストランという職業の、理念がここにあった。
京橋「とよ」である。
昨夜は、岡さんの計らいで、「とよ」のシェフズテーブルに立たせてもらった。
目の前で、とよさんは、マグロを切り、時に炙り、いくらやウニを盛り、てっちりを作る。
その間、ずっと喋りっぱなしである。
1分間に一回は、下ネタを炸裂させながら、喋りっぱなしである。
「毎日楽しくてしょうがない。楽しくてしょうがないから、バチが当たるんやないかと思って、三味線屋行ったら、バチに当たった。んーガハハ」。
「最近痴呆が入ってなあ、字書こうと思ったら忘れて、痔かいた。んー」。
バイトの可愛い女の子に、「んー今、「〇〇こ」というてしもた。ごめんなあ。んー」。
女の子も女の子や。しっかり聞こえてるのに、
「聞こえてへんよ。大丈夫」。
「んー。酔うたら大きく切りすぎてしもた」。
そして、フランス、スペイン、ドイツ、アメリカ、中国と、ここには世界中から人が集まってくる。
特定の店に行くために日本に来るというのは、今、「すきやばし次郎」と、「とよ」だけである。
さっき帰ったスペインの有名人も、「とよ」に来るために来日したという。
その人たちのために、とよさんは、覚え立ての外国語で話しかける。
「ボンボヤージュ」、「ハバナイスデー」、「サンキューベリーマッチ、また来てや」。通じないときは、ボケトークである。
「サンキューは、テンキューと発音して、水は、ウォーターやなくて、ワーラーや。すると通じるんや」と、とよさんから教わった。
とよさんは、くる全てのお客さんに、心から楽しんでもらいたい、そう思うて、20数年前から、仕事を続けている。
その思いが、料理に現れ、会話に現れ、時折やるパフォーマンスに現れ、従業員の笑顔に現れ、店の空気に現れる。
だからここで飲み食いするおっちゃんもギャルも、外国の人たちも皆笑顔である。
そして、トヨさんはじめ店の人の動作がきれいで無駄がない。
市場ではかならずピンのものを仕入れ、決して手を抜かない。
トイレは外だが、見事にきれいである。
そして店は、屋台で、壁も窓もないが、隅々まで、清潔感に満ちている。
テーブルに置かれた台拭きは、純白で匂いが微塵もなく、美しい。
聞けば、普通の店の三倍量、ハイターを使っているという。
もし娘が飲食店で働きたいと行ったら、この店でまず働いて欲しいと思う。
ホスピタリティーとは、なにかを教えてくれるからである。
ここに来たら、浮世の辛いことも、すべて忘れることができよう。
レストランでは、おいしいも大事だが、その前に楽しくなくてはいけない。
その正解がここにはあった。
「また明日も四時起きで、魚河岸に行かんとならんで、わしは先に帰らしてもらいますわ」。
そう言ってとよさんは、客と笑顔をかわしながら、帰っていった。