「さかな道場」。
中野駅駅前、丸井脇の路地でさりげなく店を構える「明石」の看板には、こう凛々しく記されている。 そんな肩書きよろしく、夜になると吟味された魚料理を目当てに、魚好きの客が集まり、ご主人と魚談義を交わしながら、料理を楽しむ光景が見られる店だ。
魚料理に自負を持つ店だけに、夜だけでなく、昼にもおいしい魚料理を揃えて客を待つ。毎日三種用意されるが、中でも人気の料理が「いわしたたき飯セット」である。
カウンター席に座って注文をすると、捩りはち巻きをした若主人が、いかにも鮮度がよさそうなキラキラと光るいわしを、一人前一匹分選び出し、目の前で手早く三枚におろし、皮をはいで刻む。
そして小口切りしたネギ、ワケギ、千切りのしそと合わせ、トントンとリズミカルに二百回程たたく。この音が店内に鳴り響くと「次は俺の番だ」とばかり、客はそわそわしながら、胃袋をキューと鳴らすのだ。
たたかれたいわしは、形を整えられ、上におろし生姜を乗せて、針海苔を散らした熱々のご飯に乗せられる。その上から醤油を一回しかけて、さあ登場だ。
添えられるのは、魚のアラでとった滋味深いスープに、乱切りされた大根、人参、コンニャクが入れられた具沢山の汁で、大きな碗に並々とつがれて出される。
まずは、いわしのたたきを突き崩してご飯とともに一口。
すると、いわし独特の強いうまみと、対照的なネギ、ワケギ、しそ、生姜の爽やかな香気が絶妙に混じり合って、思わず頬が緩む。
よほど厳選されたいわしなのだろう。臭みもなく、何よりもいわしの味自体に力があるので、少ない醤油の味付けだけで充分だ。力強く、キレのいいうまみが、ご飯をグイグイとかきこませる。
そんな勢いを、一旦スープを飲んで断ち切り、今度は、いわしのたたきをご飯に万遍なく混ぜ込んで食べてみる。
すると、ますます渾然一体化したうまみが、食べ手の勢いをさらにあおって、十分ほどで充実した昼食は終わる。
短いながらも、たとえ食後に会社に戻って席についても、うまみの余韻が長く残るので、記憶にしっかりと染みついて、しばらくするとまた食べたくなってしまう。
つくづく、この近隣で働く人たちがうらやましくなる昼飯だ。
特にこれから冬にかけて、脂がのり、丸々と太ったいわしがたたきにされるかと思うと、居ても立ってもいられない。