SoLong Vol7
1枚目の写真を見て欲しい。この色艶に溢れた料理を見て欲しい。
この料理がもう食べられなくなる。
毎年6月が近づくと、「鮎正」熱がうずいた。約半年の間に供される鮎料理を思い浮かべては、腹を鳴らす。
「鮎正」の創業は、昭和38年。55年間に渡って、鮎の魅力を伝えてきた店である。6月になると、島根県県高津川で解禁となった鮎が送られ、待ちかねたお客さんたちが、詰めかける。
人気は、「鮎の塩焼き」であるが、八月に入って出される、うるかの上澄みを数年寝かして作った醤を塗って一夜干しにし、うるかを一刷毛塗って焼いた、香ばしさに酒が進む「香醤焼き」や、10月に入ってから出される、子持ち鮎を長時間かけて茜色に焼き上げた、「茜焼き」も、たまらない。
さらには、「鮎白みそ椀」や「鮎清水椀」。うるかをソースにして、黒いダイヤモンドのように艶々と輝く「うるか茄子」、長年熟成させた「苦うるか」。鮎の滋味がコメ一粒一粒に染みた「鮎雑炊」など、数多くの鮎の逸品が待ちかまえる。
またここのオリジナルが、林檎ジュースだった。林檎ジュースといえば白く濁ったものか、薄茶色の透明である。しかしこの液体は、透明なまま紅く輝いているではないか。
店の照明を抱き込んで、チリチリと光るジュースを、そっと飲んでみた。酸味を伴った林檎の優しい甘みが広がり、喉に落ちた刹那、甘酸っぱい香りが鼻に抜けていく。なんとも穏やかな気分になるジュースだった。そのまま目をつぶれば、林檎園に立っているような、澄んだ空気を運んでくる。
作り方は秘密である。毎年一月になると紅玉で作り、一晩寝かしてオリを沈めて瓶詰めし、一年で無くなったら仕舞いにする。鮎もジュースも、この店でしか味わえない幸せなのであった。
しかしもう。このりんごジュースにも、「香醤焼き」にも「茜焼き」にも出会えない。写真の「鮎雑炊」にも、「鮎白みそ椀」や「鮎清水椀」、「うるか茄子」や長年熟成させた「苦うるか」にも出会うことが叶わなくなる。
物語には終わりがあることは知っている。だがとてつもなく、さみしく、悲しい。
さようなら。後三日で半世紀続いた新橋「鮎正」の歴史は、終わる。
閉店