「野があるままを目指す。料理人がいらない料理がいい」。
あらゆるシェフから敬慕される、職人館の北さんこと北沢さんは言われた。
「日本は、認可食品添加物が1600もある添加物大国です、だから腸はそれらを吐き出すため酸素を使って燃焼させる。自ずと交感神経が活発かし、交感神経過多になってしまう。自然なおいしいものを食べて、副交感神経を動かさなくてはいけないんです」。
そんな北沢シェフと、グランドエクシブ軽井沢の佐藤深太シェフ、千葉いすみ「五氣里」木村藍シェフのコラボによる「信州の職人たち」というディナーを渡辺万里さんが企画し、昨晩追分で行われた。
豊かな信州で育まれた食材の生産者、それらを皿の上で昇華させる料理人と言ったマエストロ達が会し太一やかぎりのディナーである。
北沢さんが「料理人がいらない料理がいい」と言われた一つは、「長野県産鹿肉山葡萄の葉の包み焼き 牛蒡と国産トリュフのピュレ」に添えられた、大根だった。
「大根は皮を剥き、面取りをし、米ぬかで下茹でし、出汁で煮る。それもおいしいが、これは皮を剥かずそのまま焼いただけです。上には、今朝山に入って、山の女神から授かったクリタケを載せています」。
シャリッ。
大根を噛むと、大根本来の甘みがエキスとなって弾け飛ぶ。
人間の考える美味しさで包まれない、力があった。
そんな北沢さんの精神を受けて、佐藤シェフも木村シェフも、いつもとは違う料理を作る。
どれも愛に満ちた料理だった。
山や川、森や畑、生産者たちへの敬愛が溢れていて、胸がすき、背筋が伸びる。
心に溜まった垢や淀みが、スッと抜け落ちていくような料理だった。
佐藤シェフによる「キャベツのブレゼボスケソチーズ」は、北さんの唐辛子とタイム、野菜のブイヨンでキャベツをブレゼし、真田丸の胸肉を低温調理で仕上げ、ボスケソのチーズを振りかけ、キャベツから出た水分を煮詰めたソースを流したものだった。
普段は、フォアグラ などを使っているグランシェフだが、こんなシンプルな料理はやっていないのかもしれない。
だが、キャベツは「どうだ」と言わんばかりに優しい力を漲らせて、チーズの旨味と抱き合っていた。
木村シェフのそれは、「千葉県いすみから 魚介のカスレ」である。
北さんに用意してもらったという、山水豆 雁首豆、うちまめ、落花生、枝豆に、里芋と蛤の出汁と豆の煮汁を合わせ、千葉の真鯛と金目鯛、ハマグリを合わせてあった。
芋と豆、貝の出汁は、穏やかで丸い丸い気分を運んでくる。
その中で様々な豆の甘みが、弾けていく。とても素敵な一皿だった。
北沢シェフは、「薬膳スープ 天然舞茸 新蕎麦のニョッキ」 である。
山の女神から授かったという、香茸、からしたけ、ナラタケ、などキノコのコンソメに、蕎麦粉と蕎麦の実のニョッキと天然舞茸を合わせてある。
コンソメが恐ろしい。
キノコが折り重なった味わいは、人跡未踏の深山に引頭まり込まれそうな滋味がある。
一口ごとに、口腔のあらゆるヒダに、舌の味蕾に、喉のや胃袋の細胞に染み渡っていく。
目を閉じれば、奥深い山の中に立っていた。
ワイン醸造家テールドシェルの池田さんが言われる。
「葡萄がなりたいワインを作る手助けをしています」。
信州の優れた生産者の言葉は、皆そうなのだろう。
そしてそれを生かす料理人もまた、自我を捨て、食材が望む料理を作る。
山に住む人たちの智恵とは、そういうことなのかもしれない。