鰯はエライ。
食物連鎖の下で食われる一方、魚偏に弱いという情けない名前をもらい、その大半が飼料や肥料にされるという状況にありながらも、まったく気にすることなく美味を運んでくる。
大衆魚といわれてさげすまれながらも、一方では「鰯にまずいものなし」といわれ、コレステロールを下げ、血栓を防止し、老化現象を防ぐ健康食品でもある。
一年中低価格で出回り、煮てよし、焼いてよし、生でよしと実に重宝な魚でもある。
近藤啓太郎の「海」にはこんな一説がある。
「鰯ほど安くてうめえ魚はねえっぺさ」。
「あいよねぇ。ちっとも飽きねえもんがよぉ。海の米ってもんだっぺさ」。
そう海の米なのだ。
その米がうまくなるのは秋。
脂をぐっとのせて、さあ食べろと我々に迫ってくるのだ。
そんな鰯の味わいの変化を楽しめるのが「中嶋」である。
丸々太った鰯を目の前で捌き、細かく刻んで、生姜やあさつきと和えたたたき風刺身。
的確な火の通しで旨味が引き出された脂がのった身と、ワタの苦さでご飯が進む塩焼き。
骨まで食べられるほど、くったりと生姜風味で煮付けた二匹の鰯。
ソースでも塩でもよし、カラリと香ばしく揚げられたフライ。
小鰯四匹のフライを、ダシとタマネギともに玉子とじにし、甘い湯気を立てながら運ばれる柳川風。
大小の鰯の特性を見抜いた料理人が作る。
鰯の底力を痛感する定食である。
さらには、ご飯、味噌汁、香の物も上等。
いずも安価なので、二品頼むという裏技もお奨めだ。
鰯は海外でも愛されている。
よく食べるのはポルトガル、スペイン、イタリア南部だ。
中よりシチリア料理の名物をご紹介しよう。
シチリア郷土料理の店、「トンマズィーノ」のそれは、鰯の濃厚な旨味と香りに、ういきょうの鮮烈な香り、干しブドウの甘み、パン粉や松の実の風味などが渾然一体となったパスタである。
マカロニをねじったようなマッケローニとソースの相性もピタリ。
そこには母親の手作りを食べたような力強さと安堵感があって、食べているうちにうれしくなって笑い出してしまう。
鰯の力を信じて引き出した、愛情溢れるパスタだ。
最後は鰯を使った傑作丼。
「明石」のいわしタタキ飯である。
文字通り新鮮な鰯をネギ、紫蘇、わけぎと合わせトントンと百回近くたたき、海苔を散らした熱々ご飯にのせた丼だ。
鰯自体に力があるので、味付けは少量の醤油だけながらご飯を猛然と掻き込ませる。
たたきを万遍なくご飯と混ぜれば、さらに旨味が膨らんで、気がつけばあっという間に食べ終えてしまう。これもすべてエライ鰯の成せる技なのである。
明石は閉店
トンマジーノは以下はドンチッチョ