杉大門通りを曲がる。
すぐ左手に見えてくる「まるいち」は、「たまる」の弟さんがやっているラーメン屋だである
そこから最初の路地をピガール方面へ右折してさらに直進、
石畳の先に大きな提灯が見えてきた。
昔、この右側は黒塀の置屋だったという。
ああ、着いた
暖簾をくぐり、がらりと戸を開ける。
「あ、いらっしゃい」。板場で親父がニコリと笑う。
食通 渡辺文雄が
「毎日通いたいから、引っ越しちゃおうかな」。とつぶやいた店。
石津謙介が、一人で来て、飲んでいた店。
先代から可愛がられたのが村松友視で、今でもよく通うという店。
この店に仲良くしていただいてよかった。
つくづくそう思う。
今夜は私ともう一組。
老夫婦が仲睦まじく、あんこう鍋を突いていた。
ナマコの突出しに始まりヒラメのコブ〆、醤油は、醤油刺しではなく、片口の器に入れて添えられる。
昔の流儀である。
新筍は艶やかに食欲を誘い
江戸風甘辛味の中に、命の甘みを滲ませる
絵瀬戸むぎわら小鉢に、春の息吹が満ちている。
あんこう鍋を待つ間に、親父がうれしそうに出したもの。からすみの味噌漬けに、自家製のワサビ漬け。
「自分が酒飲むために作ってんだから、内緒だよ」。
とこっそり。
ああ、いけません。
からすみもワサビ漬けも、酒が進んでいけません。
ワサビ漬けは、自然な甘みにキリリと辛みが効いて、涙が出る。
こうでなくちゃ。
あんこう鍋。
ふつふつと煮える七つ道具を、ゆるりとつつく、一人鍋。
夜に幸せが満ちていく。
〆はご飯。
まずはワサビ漬けを海苔で巻いて、笑いが止まりません。
おかわりください。
次は鮟鱇鍋の汁をかけて、
ずるるるる。
はあ~。
毎晩来たい。
荒木町の夜。