「天一」に出かけてみよう。
堂々たる丼で出される「特製天丼」は、4200円(2016年、2025年は6000円)。蓋を開けると、食欲をくすぐる油の香りに交じり、柚子がふわりと香る。
立派な車海老が二尾、キス、小海老かき揚げ、アスパラガス、椎茸という布陣である。
なにより油の香りがいい。
通常よりしっかりと揚げられた天ぷらは、丼つゆに潜らす際に、ジュワッとつゆを弾き返す音が立つ。
この音を聞いたらご飯を盛る。
このタイミングが肝要で、おいしい天丼を生み出すためには、揚げる職人と、ご飯をよそう仲居さんとの連携が欠かせないという。
さあどこから食べようか。
まずは海老から行こう。
海老の甘さはご飯を呼ぶ。
ゆえに天丼は、海老から始まり、海老で終わるのが正しい。
一口、二口。引き出された海老の甘みを舌に宿したまま、すかさずご飯を掻き込む。
むむ。ご飯がうまい。
甘辛く濃いつゆにまみれながら、米の甘みが海老の甘みと呼応して、顔がゆるゆるにやけていく。
さあ、お次はどの種を攻めようか。悩みを瞬時に整理し、組み立てる。
私なら、海老→椎茸→かき揚げ→キス一口→アスパラガス一口→かき揚げ→キス→アスパラガス→海老と行く。最後の海老を際立たせるため、アスパラガスを挟むのがコツだ。
後は丼の底に意識を集中し、一心不乱に掻き込む。箸を持つ手を加速させ、疾風のごとく食べ終える。
気がつきゃ丼は空っぽで、底には米粒一つ、汁気一つさえ残ってない。
腹は膨れるが重たくなく、食後はなぜか清清しい。さっぱりとした気分で「ごちそうさま」。
これぞ自然に微笑みが湧く、天丼を春風にするお作法である。