とんかつは、揚げ物料理ながら、肉の質は語られても、意外に「揚げる」という仕事に関して触れられることが少ない。
しかし、この店でカウンター座ったら、ぜひ、店主三谷成蔵さんが揚げる様に着目して欲しい。
じっくりと時間をかけて揚げられる「特ロースカツ」は、鍋に入れた時点では、まったく音がしない。
130℃程から徐々に温度を上げていくため、肉にストレスがかからない。
肉は気がつかないうちに、火が通り、余分な水分を排出して、肉のエキスだけを閉じ込める。
最後は高温で仕上げるため、揚げ切りもいい。
分厚い脂にも、その下にある筋にも、きっちりと火が通されているので、食感がいい。
しっとりと汗をかいた肉の断面は、淡いロゼ色に染まって、なんとも艶っぽい。
こうして揚げられたとんかつの魅力は、その軽さにある。
口に運べば、中粗の衣がサクッと軽やかな音を立て、緻密な肉質に歯が吸い込まれ、ほの甘い肉汁が口に広がる。
毎朝市場で吟味して買い付けるという霧降高原豚霧は、柔らかいながらも、噛んで噛んで豚肉のジュースを溢れさせる、喜びがある。
お客さんに運ばれてからの余熱も計算しているのだろう。
食べ終わりとなる、肉の端の部分もしっとりとして、上等の揚げ上がりである。
脂は、口どけよく、噛めばさらりと溶けていく。
目を閉じて、微笑む。幸せが満ちる。
これぞとんかつの醍醐味である。
こんな優しいとんかつは、なにもつけないか、塩だけがお奨めである。
また、切り置きにせず、都度手切りされるキャベツは、細く、甘く、みずみずしく、根菜香りに富んだ豚汁、お新香、ご飯も申し分ない。
夜限定だが、「アグー豚」等のブランド豚を使ったとんかつも時折登場するので、それも見逃せない。
また昼限定の千百円「ロースカツ定食」も手抜きなく、千円程で食べられる都内のとんかつとしては、最上級であろう。
リブロースを使った160gの「上ロースかつ定食」、180gの特ヒレカツ定食「シャ豚ブリアン」も素晴らしい。
「従来のとんかつ屋のようにはしたくなかったんです」と、店主が語る白を基調としたカフェのような店内は、油臭くなく、清潔感に富んで、今日も客を待ち受ける。
行列は必至だが、トンカツ好きなら、なんとしても訪れなくてはいけない。