目の前に置かれた瞬間

食べ歩き ,

目の前に置かれた瞬間、深山にいた。
細かく細かくされてご飯にまぶされた葉から、記憶にある香りが立ち上る。
だが脳は、その記憶を否定した。
あまりにも清い。澄んでいる。
汚れなき山奥の空気がそのまま顔を包み、鼻腔の細胞という細胞に染み入っていく。
記憶にある木の芽の香りは、もっと刺激を含んでいる。
植物の香りではない。
人間にけがされていない大地の精気である。
神が宿りし香りである。
標高1500m以上に生息する、山椒の葉を摘み取って、葉先だけを微塵にしたものだという。
この時期だけのもので、木々が密集した険しい山に登って採ってきてくれる人がいるという。
「人に恵まれました」。名料理人は言う。
「料理は、自分らだけでは、どうにもなりません」と言って、八十二歳になられた料理人は、僕の目を見つめ押し黙った。
「京味」にて。