江戸川橋「citotat」

異国のエスプリが漂ってきた。

食べ歩き ,

パリの香りがする。
何が起因になっているのかは、具体的に説明ができない。
特別なスパイスや香り要素を使っているわけでもない。
だがどの皿からも、異国の香りが漂ってくる。
その違和感が、心地よい奏でとなって、胸を焦らす。
たとえば帆立の料理は、どうだろう。
帆立を直接焼かずに、トーストの上で加熱し、一瞬片面だけを焼く。
合わせたのは、仔牛とスズキのフォンによるソースである。
帆立の、生でようで暖められた体躯から、豊かな甘みが流れ、濃密なソースと抱き合う。
そう、この帆立の質の高さがあってこそ、重厚なソースと渡り合うである。
そこへトーストの香ばしさが追いかけ、食欲を掻き立てる。
微かなレモンが、爽やかな風を吹かせ、全体の輪郭を締める。
うまみ、甘み、酸味、塩気、香り。
巧みに盛り込まれた風味の要素が、からみあい、響きあい、心を溶かす。
そしてなにより、無性にワインか飲みたくなる。
例えばヒラスズキの料理である。
バターとヴェルジュのソースとオレンジコンフィしたウイキョウのソテが添えられる
魚が芯まで熱々なのがいい。
バターのコクとヴェルジュの練れた酸味、オレンジの香り、ウイキョウの甘みと微かな苦味。そして香り。
複雑に重なり合いながら、どこまでも自然で、フレンチのエスプリに満ちている。
油脂と酸味が巧妙にスズキの持ち味を底支えし、次々と鼻をくすぐる香りが、色香を灯す。
作っているのは1人の若き日本人シェフである。
食べているのは東京である。
なのに、パリのモダンビスロにいた。
一緒に食べたのは男性だったが、もし女性だったら口説いていたかもしれない。
それこそがフランス料理である。