皿の上で尾とヒレをはねあげ、焼き上がった魚が一匹。
手前には大根おろしとスダチ、小皿には浅漬のキュウリとカブの漬け物、脇にはピカリと光る白いご飯と香ばしい赤出しのお椀が控えている。
焼き魚定食の光景は、かくも清く美しい。
食べるたびに「やっぱり焼き魚定食が一番だね」と、いわせてしまう力強さと、毎日食べてもあきない温かさが宿った、DNAをくすぐる料理である。
まさに日本人の基本ともいえる定食であり、僕はそれゆえに、ほかの食事に贅沢するより贅沢をしたい。
慎重に選びたい。
そう強く思うのである。
だから理想のポイントもかなり多い。
第一に、魚の質と鮮度が確かであること。
第二に、魚の質を見極めて、正確に塩がふられていること。
第三に、質を見極めた火加減で焼かれていること。
第四に、焼き立てであること。
第五に、ご飯、味噌汁、お新香にも目が配られていること。
第六に、旬の魚が用意されていること。
第七に、出来れば選択肢が多いこと。
生意気にもかような、いくつかの項目が並んでしまうのだ。
しかしこんなうるさい願いを、いとも容易くかなえてくれるのが、麹町の「ゆたか」である。
注文の後にじっくりと焼かれた魚たちは、生き生きとして食べ手に迫ってくる。
皮目はパリッと香ばしく、身はしっとりと焼かれためばるやいさき。
脂がのってワタがほの甘い、さんまやいわし。
こっくりとしたつけ地の甘さを山椒で引き締めるあいなめの山椒焼き。
身に箸を入れた瞬間、甘い湯気が立ちのぼる太刀魚の塩焼き。
分厚い切り身の上で、脂がジュッジュッと跳ねる時鮭の塩焼き。
もちろんご飯も味噌汁お新香も、極めて質が高い。
一般的な焼き魚定食よりはるかに値が張るが、価値は十分ある。
食べ終わると、思わず背を正し、ごちそうさまと手を合わせてしまう、健やかで清々しい焼き魚定食である。
一方庶民的な値段で、すこぶる上質な焼き魚定食が味わえるのが、神保町「はせ川」である。
焼きむらなく、皮はカリッと、腹側の脂を適度に落として焼きあげられた鮭や、脂がのったしゃけのかま。
脂のきれがいい塩さばや、しみじみとうまいえぼ鯛など、焼き魚定食一筋三十年の誠実に満ちたおいしさに出会える。
ご飯も味噌汁も上等、近所にあったらなぁと、心底願ってしまう食堂である。 他方「あん梅」の魅力は自家製の干物である。
今ならおすすめはサバだろう。
余分な水分が抜け、程よく塩が回り、滋味が凝縮された分厚いサバ。
一口で顔が崩れ、舌に旨味がぐいぐい乗ってくる圧倒的な力がある。
このサバに、これまた上質ないわし丸干を一匹追加してもらえば、天下無敵の干物定食の出来上がり。