〜漆黒の闇より深く〜

食べ歩き ,

漆黒の闇より深く、

朝靄のより軽やかである。

そんなソースだった。
「今朝舞鶴で上がったアワビを、スペアリブと炊きました」宮本シェフは、そう言われて土鍋の蓋を開いた。
その瞬間甘い、蠱惑的な香りが漂って、喉が鳴る。
あわびは、焦げ茶色の艶やかな煮汁の中で、ひっそりと出番を待っている。
皿に盛られたアワビを口に運ぶ。
くにゃりと体がしなり、ゆっくりと歯が入っていく。
海の豊穣が、エキスとなって滴り落ちる。
豚の肉体や骨、脂やコラーゲン、アワビのうま味が渾然と溶け合ったソースが、舌を包む。
この深さはなんだろう。この丸さはなんだろう。
このたくましくも繊細な優しさはなんだろう。
人間の手が作り出した精巧さがありながら、自然を感じさせる不思議がある。
また一つアワビを、またはその肝を、たっぶりとソースにからめて口に運び、黙ったまま宙空を見つめる。
そうして訪れる陶酔を、噛み締めた。

京都「京静華」にて。