今年の夏は食べなかったが、まだ間に合うだろうか。
不安な面持ちを抱えながら、9月に暖簾をくぐった。
「あるぞ」。心が叫ぶ。
品書きの定番位置で、それは待っていた。
「滝川豆腐」である。
心太の天付き棒で押し出した様子が、滝川のように見えるところから名付けられたという。
棒寒天を溶かしゼラチンを入れたら冷まし、同時進行で同じ温度に温めた豆乳を混ぜる。冷蔵庫で冷やしたら天付き棒で突き、ガラスの器に盛る。
小口切りにした荒い葱とおろし生姜、刻み大葉を中央に盛り、ゆず皮を散らす。
最後にそばつゆを張る。
目にも口にも涼やかさを届ける料理である。
昔は、いろんな店でやられていたようだが、今は知る限りここにしかない。
水の国日本を感じさせる料理であり、四季を愛し、料理に自然を投影させた、江戸時代の遊び心を伝える。
唇に舌に喉に、そして胃袋に冷気を優しく届けて、うだる暑さをいっとき忘れさせる。
それは夏への感謝を湧き上がらせるのである。
残暑が厳しい、銀座「はち巻岡田」にて。